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Landscapes by the roadside

路傍学会


神社のLandscape 156

江東区亀戸 亀戸香取神社
   亀戸香取神社①
 江東区亀戸三丁目の路傍、亀戸香取神社の参道入口である。平将門の乱を平定した追討使俵藤太秀郷が弓矢を奉納した故事にちなみ、昭和6年に建立された鳥居には弓矢が見える。
  亀戸香取神社②
 参道には「看板建築」が並び、昭和30年代のレトロな雰囲気が漂う。
  亀戸香取神社③
 看板建築の海苔店の前に停まっていたリヤカーである。さくらカラーの看板がレトロ感を醸し出している。
  亀戸香取神社④
 木遣音頭碑の傍らには傷んだ力石が奉納されていた。
  亀戸香取神社⑤
 手水鉢の手前に亀戸大根の碑がある。亀戸の割烹が建てたものである。香取神社周辺では、幕末ごろから大根の栽培がはじまり、明治時代にかけて盛んに栽培されるようになったという。
  亀戸香取神社⑥
 この神社はスポーツ振興の神として知られており、社殿の前にはスポーツ選手の色紙が貼ってある。
  亀戸香取神社⑦
 境内に祀られている天祖神社である。昭和63年に移転されたと説明板にある。左に二つ手水鉢が見えるが、これも同時に移されたものだろうか。
  亀戸香取神社⑧神明宮
 亀戸三丁目の路傍、入神明宮(天祖神社)の跡地を訪ねた。ここに、合祀前の天祖神社が鎮座していたのだ。昔、この辺り一帯が海で、往来する船の安全のために入神明宮が祀られたという。
  亀戸香取神社⑨神明宮②
 江戸名所図会に描かれた入神明宮である。社は小高い塚の上にある。江戸名所図会に描かれたほどの神明宮が合祀されたのは何故だろう。地域で支える力が失われたということだろうか。
  亀戸香取神社⑩
 明治40年、入神明宮の境内から出土した漁網の錘である。亀戸香取神社の神輿庫で保管されている。平安時代から鎌倉時代に作られたもので、亀戸がかつて湊であったことを示す貴重な資料である。
  亀戸香取神社⑪亀戸5丁目
 帰路、亀戸大根の碑を建てた割烹の店先に、亀戸大根が並んでいた。この日は貸し切りで、大根を食べることはできなかった。
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