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Landscapes by the roadside

路傍学会


神社のLandscape 149

大田区羽田 穴守稲荷神社
   穴守稲荷神社①
 大田区羽田四丁目、京急空港線穴守稲荷駅の改札を出ると鳥居が出迎えてくれる。穴守稲荷神社の扁額が掛けられている。
  穴守稲荷神社②
 腹ごしらえをしようと、鳥居近くの食堂に入った。ベテランの御主人が作る卵トロトロのカツ丼である。
  穴守稲荷神社③
 羽田五丁目の路傍、穴守稲荷神社である。浪風が作った穴の害より田畑を守り給うた稲荷大神である。
  穴守稲荷神社④
 参道沿いの商店では御供物の油揚げを販売していた。商品は店内にあるのか。
  穴守稲荷神社⑤
 境内の神輿庫の前にあった石像である。三猿が浮彫されている。三猿の上には月もある。駒形の庚申塔だと思うのだが、刻字が見当たらない。いつ、だれが建てたものだろうか。
  穴守稲荷神社⑥
 手水鉢では竹に開けられた4つの穴から水が出ていた。面白い給水方法である。
  穴守稲荷神社⑦
 本殿脇に並ぶいくつもの鳥居をくぐると奥之宮にたどり着く。本殿と奥之宮の間の奥に福徳稲荷社と築山の登拝口がある。
  穴守稲荷神社⑧
 山頂には御嶽神社が祀られている。その社の向かいである。奥之宮の屋根の形に溶岩が積まれている。塚のようにも見える。奥之宮の社が築山を支えているのだ。
  穴守稲荷神社⑨
 弁天橋東詰にある穴守稲荷の旧大鳥居である。「平和」の文字が書かれた扁額がある。手前の水面は海老取川、右手は多摩川河口である。終戦直後、GHQは羽田空港を拡張するため、現空港内にあった旧社地から48時間以内の強制退去を命じたが、大鳥居だけは元の場所に残された。少年であった路傍学会も駐車場の中に建っていた鳥居を覚えている。
  穴守稲荷神社⑩
 往時の姿を新聞で見つけた。これは1111日付の朝日新聞夕刊に出ていた写真のクローズアップである。1962年の羽田空港の駐車場の様子である。中央のビルの手前左側、居並ぶバスの中に鳥居の上部が見える。昭和4年に京浜電気鉄道によって奉納されたものである。鳥居を撤去しようとすると負傷者や死者が出たというのは事実ではないようだが、平成11年に現在地へ移設された。
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