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Landscapes by the roadside

路傍学会


神社のLandscape 258

中央区日本橋茅場町 日本橋日枝神社
  1宝井其角住居跡
 中央区日本橋茅場町一丁目、永代通りの路傍、ビルの足元に石碑がある。芭蕉の門人の一人、宝井其角の住居跡を示す石碑である。江戸名所図会に、其角の住まいは南茅場町の薬師堂の近くにあり、ここで没したとある。
  2日本橋日枝神社
 其角住居跡碑の右の路地を覗くと山王日枝神社の幟がはためいていた。参拝しよう。
  3日本橋日枝神社
 日本橋茅場町一丁目、ビルに挟まれた形の参道が見える。
  4日本橋日枝神社
 日本橋日枝神社である。どっしっりとした鳥居、その先に社号標が建つ。鳥居は、山王日枝神社から移設したものである。
  5日本橋日枝神社図会
 江戸名所図会である。参道入口、冠木門の右手の店のところに「此辺傘屋多し」とある。傘職人が多くいたのだろうか。参道の突き当りには薬師堂が建ち、その右に山王権現と山王宮が並んでいる。薬師如来は山王権現の本地仏である。明治元年、神仏分離令によって、薬師堂と同別当智泉院の敷地は境内から分離され、薬師堂があった場所に社号標が建っている。
  6日本橋日枝神社
 明治十年に山王宮は無格社日枝神社となり、大正四年には本社が官幣大社となったことに伴い摂社日枝神社と改称された。
  7日本橋日枝神社
 昭和9年に奉納された狛犬は、天を仰ぎ咆哮しているようである。
  8日本橋日枝神社
 拝殿前の天水桶である。三つ巴の左下にかかる四角の中に「防」の文字がある。昭和4年に日枝御防講(おふせぎこう)が寄進したものである。御防講とは、神社が火災その他災厄の時に、真っ先に駆けつけて消火と神霊を奉護する講社である。御防講は一時途切れたものの、平成22年に再興されている。
  9日本橋日枝神社
 境内には、関東大震災で被災し、区画整理によって遷座された明徳稲荷神社もある。
  10日本橋日枝神社
 玉垣には山一証券の名が見える。
  11智泉院
 日本橋日枝神社の裏手、山王日枝神社の幟の向いに、分離された智泉院がある。
  12智泉院
 寺号標に「かやば町のお薬師さま」と記されている。
  13智泉院
 大きな天水桶にある「坂本」は、この辺りの旧町名である。天保12年の鋳造。
  14智泉院
 天水桶の前にあるこれは何だろう。日本橋日枝神社の本社である山王日枝神社には神猿が祀られている。もしかしたら、これは猿像なのか。うーむ、路傍学会の興味は尽きない。
  15智泉院
 天水桶の奥に祀られている地蔵菩薩は、関東大震災でなくなった人々を供養するために、日本橋魚河岸の地蔵講が製作発願したものである。合掌。
 「夕やくし涼しき風の誓いかな」 其角
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  2. 神社
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