Landscapes by the roadside

路傍学会


青面金剛のLandscape 183

目黒区下目黒 龍泉寺
   龍泉寺①
 目黒区下目黒四丁目、目黒通りから入る目黒不動の参道の路傍には、寄生虫博物館がある。世界でただ一つの寄生虫の博物館である。
  龍泉寺②
 静かな参道を歩き目黒不動、龍泉寺に向かう。
  龍泉寺③
 龍泉寺の仁王門である。
  龍泉寺④
 仁王門をくぐると左手にある独鈷の滝である。龍の口から水が吐き出されている。
  龍泉寺⑤
 滝の背後にはいくつもの石仏がある。その中には青面金剛もある。
  龍泉寺⑥
 滝の上であり、距離があって造立年などはわからない。
  龍泉寺⑦
 独鈷の滝の脇にある水かけ不動尊である。老若男女が水をかけながら、願掛けをしていた。
  龍泉寺⑧
 本堂の裏側に鎮座している天和年間鋳造の大日如来坐像の覆屋の内側には、二十八宿の星座が描かれている。
  龍泉寺⑨
 参拝を終えて女坂を下ると、坂の途中に奉納された力石が並んでいた。
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  2. 青面金剛
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青面金剛のLandscape 182

目黒区目黒 田道庚申塔
 目黒区目黒二丁目の田道庚申塔群を見ようとJR目黒駅から歩き始めた。         
     田道庚申塔①目黒1丁目
 目黒一丁目にある坂からの眺めである。都内には数多の冨士見坂があるが、マンションの建設など都市開発の影響で名前だけの坂も多くなってしまっている。ここの坂からは富士の頂を見ることができた。
  田道庚申塔②
 目黒川の田道橋の袂に小堂がある。中に庚申塔が祀られている。
  田道庚申塔③
 庚申塔には盃状穴がたくさん穿たれていた。願掛けだろうか。
  田道庚申塔④
 目黒区民センター脇の道を進んでいくと、路傍に瓦屋根に守られて六基の庚申塔と地蔵尊が祀られている。田道庚申塔群である。この前の道は、麻布、青山方面と目黒不動を結ぶ古くからの道であるという。
  田道庚申塔⑤
 1番左の青面金剛は正徳年間の作。左から2番目は元禄五年造立である。矢先は上を向き、弓を持つ手だけが順手となっている。
  田道庚申塔⑥
 中央に見える左から3番目は元禄八年の造立。左から4番目は、延宝八年の造立で羂索を持っている。
  田道庚申塔⑦
  左から5番目は元禄八年、6番目は延宝五年の造立である。一番右は延宝五年造立の念仏供養の地蔵尊である。
  田道・権之助橋⑧
 目黒駅へと帰る途中、目黒一丁目の権之助橋の橋詰に国旗掲揚塔を見つけた。
  田道・権之助橋⑨
 目黒区下目黒と、旧地名が刻まれている。地名の変遷を記す資料となっている。
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  2. 青面金剛
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青面金剛のLandscape 181

草加市遊馬町 遊馬町東交差点
   遊馬町庚申塔①
 草加市遊馬町、遊馬東交差点の路傍である。交差点の東脇、遊馬ふれあい小路の看板の後ろに何やら石造物が見える。
  遊馬町庚申塔②
 回り込んで見ると、3体の石像があった。こうした出会いは大変嬉しい。後ろに見える用水路の蓋掛け暗渠がふれあい小路か。
  遊馬町庚申塔③
 大型のショケラを持つ六臂の剣人像である。よく見ると邪鬼は仰向けで、顔を踏まれているようだ。これは辛そうだ。文化年間の作。
  遊馬町庚申塔④
 左の青面金剛は六臂の合掌像である。
  遊馬町庚申塔⑤
 顔と合掌した手は失われている。
  遊馬町庚申塔⑥
 邪鬼は不機嫌そうな顔で正面を向いている。三猿は菱形パターンである。
  遊馬町庚申塔⑦
 往来を見守る中央の像は上半分ほどしか見えないが馬頭観音だろうか。正徳の年号が読み取れる。
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  2. 青面金剛
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地蔵尊のLandscape 30

目黒区下目黒 成就院・お静地蔵尊
   成就院①
 目黒区下目黒三丁目の路傍、道路の先に石仏が見える。
  成就院②
 招かれるように歩いていくと山門前に出た。成就院の山門である。
  成就院③
 本堂前には蛸薬師の大提灯がある。この寺は、本尊が3匹の蛸にささえられる蓮華座に乗る薬師如来像であることから、蛸薬師とも呼ばれている。
  成就院④
 先ほど見えた石仏である。この石仏は徳川二代将軍の側室、お静の方がわが子の栄達を祈願し、奉納されたもので、お静地蔵尊と呼ばれている。お静の子、正之公は信州高遠城主となり、後に山形城主、さらに会津藩23万石の城主となり、会津松平家の祖となった。お静地蔵は、その由来から縁結び・子宝・子育・出世・福徳・開運を願う人々の信仰を集めてきた。
  成就院⑤
 お静地蔵尊の向かいには青面金剛も祀られている。
  成就院⑥
 丁寧な彫りの六臂の合掌像である。元禄年間の作。
  成就院⑦
 地蔵尊の上にはこのような絵が掛けられていた。福を吸い寄せる蛸なのである。
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  2. 地蔵尊
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青面金剛のLandscape 180

川口市榛松 榛松不動院
   榛松不動院①
 川口市榛松二丁目の路傍、榛松不動院の門前である。
  榛松不動院②
 山門の左手に庚申塔群が祀られている。
  榛松不動院③
 5基の像があるが、左端の像は酷く傷んでいる。
  榛松不動院④
 左端の像である。上部が欠損しているが、青面金剛の足元に髪を振り乱した丸い顔の邪鬼である。その下は三猿のうち左の二猿だろうか。右の猿は塔が破損した時に欠けてしまったのか。中央の猿は御幣を持っている。個性的な像であったのではないか。全体像が見てみたかった。
  榛松不動院⑤
 中央の青面金剛は珍しい四臂の合掌像である。穏やかな顔である。 延宝年間の作。右の像は、左手に鈴、右手にショケラを持つ六臂像である。寛保年間の作。
  榛松不動院⑥
 上の中央の像の二鶏と三猿である。邪鬼はいない。三猿はユーモラスである。
  榛松不動院⑦
 右から2番目の像である。六臂の合掌像で、蛇を頭に乗せ三眼で睨んでいる。元文年間の作。
  榛松不動院⑧
 上の像の邪鬼と三猿である。逆三角形の顔をした邪鬼は珍しい。三猿は懸命に体をかがめている。
  榛松不動院⑨
 一番右にあるのは、三面六臂の馬頭観世音である。後ろの手は左右とも肘が直角に曲がっている。寛保年間の作である。
  榛松不動院⑩
 山門を通って境内に入ると六地蔵が静かに佇んでいた。
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  2. 青面金剛
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地蔵尊のLandscape 29

足立区弘道 地蔵堂
   弘道・青面金剛① 
 足立区弘道一丁目の路傍、金色の宝珠を乗せた堂が見える。
    弘道・青面金剛②
 前に回ると、地蔵尊と青面金剛が祀られているのが見える。
  弘道・青面金剛③
 寛文年間の地蔵尊と宝暦年間の青面金剛である。
  弘道・青面金剛④
 ショケラを持つ六臂の剣人像である。素朴な風情である。以前は堂の外に祀られていたが、堂が新しくなって地蔵尊の隣に安置された。三猿の下部が少し白っぽく見えるが、以前は堂の外でここまで土に埋もれていた。
  弘道・青面金剛⑤
 邪鬼と三猿である。右端の不言猿の顔と体の向きがおかしい。
  青井町名看板⑥
 近くを歩いて見つけた街区表示板である。
    青井町名看板⑦
 縦型で広告付きは珍しい。
  青井琺瑯看板⑧
 さらにその先の路傍で琺瑯看板を見つけた。
  青井琺瑯看板⑨
 塩ビパイプがあり見にくくなっているが、寄贈者は時計、眼鏡、指輪の三種の神器を扱う時計店である。
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  2. 地蔵尊
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神社のLandscape 153

目黒区下目黒 大鳥神社
   大鳥神社①
 目黒区下目黒三丁目、山手通りの路傍、大鳥神社である。
  大鳥神社②
 鳥居をくぐり境内に入ると手水鉢がある。鳥の水浴びを防ぐ金網がかぶせてある。最近このような手水鉢が増えてきた。
  大鳥神社③
 国旗掲揚塔は社殿造営完成記念で昭和43年に建立されたものである。
  大鳥神社④
 社殿の左側に庚申塔群が祀られている。手前の三基が青面金剛である。手前から元禄、宝永、元禄年間の造立である。
  大鳥神社⑤
 これは宝永年間の六臂合掌像である。この神社の青面金剛はいずれも顔が削られている。廃仏毀釈時の措置かもしれない。
  大鳥神社⑥
 延宝年間の庚申塔の左隣の石は文字が読みにくくなっているが力石か。
  大鳥神社⑦
 境内では東京都の天然記念物に指定されているオオアカガシが寒空に大きく枝を伸ばしている。
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  2. 神社
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橋のLandscape 15

市川市真間 継橋
   継橋①
 市川市市川一丁目千葉街道の路傍、弘法寺の参道である。
  継橋②
 しばらく歩くと道の先に弘法寺の石段と山門が見えてきた。
  継橋③
 さらに行くと真間四丁目の路傍に赤い欄干が現れる。継橋である。かつてこの辺りには砂州があり、砂州に掛け渡された橋である。「足の音せず行かむ駒もが葛飾の真間の継橋やまず通わむ」と万葉集にも詠われている。美女手児奈の元へと通おうとする男たちは馬でこの橋を渡ったのだろう。
  継橋④
 継橋の先に手児奈霊堂がある。多くの男性から求婚されて悩んだ末に、真間の入り江に身を投げた手児奈の霊を祀る堂である。霊堂前のこの池は入り江に由来するという。
  継橋⑤
 さだまさしさんが奉納した桂の木である。さださんは以前市川市に住んでいたとのことである。
  継橋⑥
 弘法寺の石段を登った。辿ってきた参道が足下に見える。タワーマンションが建っている所はJR市川駅の近くである。
  継橋⑦
 名所江戸百景「真間の紅葉手古那の社継はし」(部分)である。紅葉の名所である弘法寺からみた手児奈霊堂と継橋である。二股の楓の幹の向こう、現在では家が密集している辺りには水面が広く描かれている。
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建物のLandscape 11

台東区谷中 カヤバ珈琲
   カヤバ珈琲①
 台東区谷中六丁目の路傍、カヤバ珈琲である。
  カヤバ珈琲②
 大正5年に建てられた建物で、昭和13年に創業した老舗である。平成18年に一度閉店したが、21年に復活した。
  カヤバ珈琲③
 店先にはこのようなものが貼ってある。休みの日には入店待ちの行列ができるほどの人気店なのである。
  カヤバ珈琲④
 混雑を避けて平日の午前中に訪れた。まだ早い時間なので他に一組の客がいるだけだ。柔らかな光が差し込む店内は静かな落ち着いた雰囲気である。二階は畳敷きの座敷であるという。
  カヤバ珈琲⑤
 店内の柱である。長い歴史がしみ込んでいる。
  カヤバ珈琲⑥
 この店の名物のモーニングセットである。創業以来のレシピで作られたふわとろ「たまごサンド」である。ゆで卵をマッシュしてマヨネーズで和えたサンドと違い、玉子焼きをサンドしている。酸味のあるコーヒーに良く合う。この店の近くには伝統的なスイーツの名店もある。次の機会に行ってみたい。
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  2. 建物
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橋のLandscape 14

荒川区西日暮里 諏訪坂架道橋
   諏訪坂架道橋①
 荒川区西日暮里五丁目の路傍、トンネルが見える。
    諏訪坂架道橋②
 通路の半分は区の駐輪場として利用されている。
  諏訪坂架道橋③
 通路の中ほどにある鉄扉である。ここを通ると新幹線の線路に行けるようだ。努々通ろうなどと思ってはいけない。
  諏訪坂架道橋④
 「諏訪坂架道橋」である。東京駅から6㎞225m余の位置にある。山手線、京浜東北線、高崎線、宇都宮線のほかに新幹線の線路が通っている。
  諏訪坂架道橋⑤
 通路を抜けると階段が続いている。
  諏訪坂架道橋⑥
 階段の途中で振り返ると西日暮里駅が見える。山手線の電車の向こう側で新幹線が疾走していく。
  諏訪坂架道橋⑦
 右に曲がった階段の先である。諏方神社の鳥居が見える。両側は大谷石の擁壁となっている。左手に「御大典紀念」、右手に「大正四年十一月氏子中」と記されている。
  諏訪坂架道橋⑧
 階段を登り切り振り返ったところである。
  諏訪坂架道橋⑨
 名所江戸百景の「日暮里諏訪の台」(部分)である。諏方神社境内で人々が花見をしながら、眼下の景色を楽しんでいる有様が描かれている。画面中央のやや下方に三人が登ってくる坂の所が上の写真の階段の位置である。
 現地の解説板によるとこの坂は「地蔵坂」と呼ばれている。201596日号で報告した隣接する浄光寺に江戸六地蔵の三番目の地蔵尊が祀られていることに因むという。架道橋は既存の道路の上に線路を通す橋であり、この架道橋の名前は「地蔵坂架道橋」とすべきであったのではないだろうか。なぜ諏訪坂となったのか、路傍学会の興味は尽きない。
  諏訪坂架道橋⑩
 地蔵坂の途中に水仙が咲いていた。
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