Landscapes by the roadside

路傍学会


橋のLandscape 16

新宿区西新宿 柳橋
   柳橋①
 新宿区西新宿五丁目にある庚申堂を訪ねようと歩いていると、コンクリート製の欄干が中央部で切り取られている古い橋が現れた。
  柳橋②
 新宿区西新宿五丁目の路傍、柳橋である。橋の下を流れていた川は前回の東京オリンピックの前年に暗渠化され、遊歩道として利用されている。
  柳橋③
 昭和7年に完成したコンクリート橋である。
  柳橋④
 遊具が設置され、児童遊園となっている所もある。
  柳橋⑤
 橋の袂には柳橋にちなみ柳の若木が植えられていた。
  柳橋⑥
 橋の西側には懐かしい風情の青果物店があった。
  柳橋⑦
 このような商品の並べ方をする商店はめっきり減ってきた。
  柳橋⑧
 橋から見た新宿の方向である。静かな商店街である。都庁舎が見える。
  柳橋⑨
 理容店があった。超高層ビルがすぐ近くまで迫ってきているが、このような身近な商店街がこれからも存続していくことを望みたい。
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橋のLandscape 15

市川市真間 継橋
   継橋①
 市川市市川一丁目千葉街道の路傍、弘法寺の参道である。
  継橋②
 しばらく歩くと道の先に弘法寺の石段と山門が見えてきた。
  継橋③
 さらに行くと真間四丁目の路傍に赤い欄干が現れる。継橋である。かつてこの辺りには砂州があり、砂州に掛け渡された橋である。「足の音せず行かむ駒もが葛飾の真間の継橋やまず通わむ」と万葉集にも詠われている。美女手児奈の元へと通おうとする男たちは馬でこの橋を渡ったのだろう。
  継橋④
 継橋の先に手児奈霊堂がある。多くの男性から求婚されて悩んだ末に、真間の入り江に身を投げた手児奈の霊を祀る堂である。霊堂前のこの池は入り江に由来するという。
  継橋⑤
 さだまさしさんが奉納した桂の木である。さださんは以前市川市に住んでいたとのことである。
  継橋⑥
 弘法寺の石段を登った。辿ってきた参道が足下に見える。タワーマンションが建っている所はJR市川駅の近くである。
  継橋⑦
 名所江戸百景「真間の紅葉手古那の社継はし」(部分)である。紅葉の名所である弘法寺からみた手児奈霊堂と継橋である。二股の楓の幹の向こう、現在では家が密集している辺りには水面が広く描かれている。
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橋のLandscape 14

荒川区西日暮里 諏訪坂架道橋
   諏訪坂架道橋①
 荒川区西日暮里五丁目の路傍、トンネルが見える。
    諏訪坂架道橋②
 通路の半分は区の駐輪場として利用されている。
  諏訪坂架道橋③
 通路の中ほどにある鉄扉である。ここを通ると新幹線の線路に行けるようだ。努々通ろうなどと思ってはいけない。
  諏訪坂架道橋④
 「諏訪坂架道橋」である。東京駅から6㎞225m余の位置にある。山手線、京浜東北線、高崎線、宇都宮線のほかに新幹線の線路が通っている。
  諏訪坂架道橋⑤
 通路を抜けると階段が続いている。
  諏訪坂架道橋⑥
 階段の途中で振り返ると西日暮里駅が見える。山手線の電車の向こう側で新幹線が疾走していく。
  諏訪坂架道橋⑦
 右に曲がった階段の先である。諏方神社の鳥居が見える。両側は大谷石の擁壁となっている。左手に「御大典紀念」、右手に「大正四年十一月氏子中」と記されている。
  諏訪坂架道橋⑧
 階段を登り切り振り返ったところである。
  諏訪坂架道橋⑨
 名所江戸百景の「日暮里諏訪の台」(部分)である。諏方神社境内で人々が花見をしながら、眼下の景色を楽しんでいる有様が描かれている。画面中央のやや下方に三人が登ってくる坂の所が上の写真の階段の位置である。
 現地の解説板によるとこの坂は「地蔵坂」と呼ばれている。201596日号で報告した隣接する浄光寺に江戸六地蔵の三番目の地蔵尊が祀られていることに因むという。架道橋は既存の道路の上に線路を通す橋であり、この架道橋の名前は「地蔵坂架道橋」とすべきであったのではないだろうか。なぜ諏訪坂となったのか、路傍学会の興味は尽きない。
  諏訪坂架道橋⑩
 地蔵坂の途中に水仙が咲いていた。
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橋のLandscape 13

千代田区外神田 万世橋
  万世橋①
 千代田区外神田一丁目、神田川に架かる昌平橋から見た万世橋である。昭和5年に架橋されたものである。右に見える煉瓦の構造物は旧万世橋駅である。東京駅と同じく辰野金吾による設計である。
  万世橋②
 橋上のガードレールである。この橋は2006年まで神田須田町にあった交通博物館へのアクセス路でもあり、蒸気機関車のパネルが付いていた。博物館の屋外に展示されていた機関車の弁慶号がモチーフか。
  万世橋③
 2006年に閉鎖された交通博物館の跡地にはビルが建ち、周囲の雰囲気は一変した。右手が旧万世橋駅。
  万世橋④
 旧万世橋駅は2013年には商業施設として生まれ変わったが、かつての万世橋駅のホームへ上がる階段などは保存されている。
  万世橋⑤
 神田川沿いのテラスから見た万世橋の親柱である。アールデコ調の装飾が施され地域のランドマーク的存在である。この親柱の右に見える煉瓦の柱の縁を見ると・・・ 
  万世橋⑥
 Bの刻印が見える。下には小さなBも見える。この刻印はどこの製造所のものかわからない。ほかに刻印が無いかと探してみると、あった。
  万世橋⑦
 旧交通博物館側の庇状のところに刻印を見つけた。写りが悪いが「上敷免製」の刻印である。今年212日号で報告した北区西ヶ原で見つけた煉瓦と同じく日本煉瓦製造株式会社製の煉瓦である。
  万世橋⑧
 かつて万世橋駅はもう一つあった。地下鉄の万世橋駅である。万世橋交叉点近くの歩道に大型のグレーチングが見える。これが地下鉄万世橋駅の地上への通路跡である。末広町から神田まで地下鉄を延伸する際、途中にある神田川下のトンネルを掘るのに時間がかかったため、川の手前に作った仮の駅であるという。
  万世橋⑨
 グレーチングの近くには、ずい道内消火用の送水口がある。いざという時には、ここから消火活動を行うようである。東京メトロは、銀座線上野-浅草が東洋初の地下鉄として開業してから90年を迎えるのを記念し、「万世橋駅」をライトアップしていると聞いた。
  万世橋⑩
 そこで末広町から銀座線に乗車してみた。ライトアップされた区間が5mとあまりにも短く、また、電車もいつものように動いていたので撮影は見事に失敗した。カメラを変えてチャレンジしてみたいが、ライトアップは18日までである。難しい。次の開業100年周年でライトアップされるのを待つか。
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橋のLandscape 12

千代田区神田淡路町 昌平橋
  昌平橋①
 千代田区神田淡路町と外神田を結ぶ昌平橋から見た風景である。画面中央の八の字の構造物は、昭和7年に開通した総武線の神田川橋梁を支えている橋脚である。画面左の飲食店は、明治41年に開業し、明治45年の万世橋駅開業に伴い廃止された昌平橋駅跡を利用したものである。
  昌平橋②
 名所江戸百景「昌平橋聖堂神田川」(部分)である。昌平橋から見た湯島聖堂である。上の写真の鉄橋の橋脚の間には家が建ち並んでおり聖堂を見ることはできない。昌平橋は元の名前が相生橋であったが、孔子の生まれ故郷の昌平郷に因んで昌平橋と呼ぶようになったという。
  昌平橋③
 昌平坂を登ると江戸名所百景に描かれている聖堂の練塀が見えてくる。
  昌平橋④
 昌平坂に立ち並ぶ建物の中に淡路亭がある。ビリヤードの聖地とも言うべきところだ。坂道側から見ると2階建てだが、神田川側からみると3階建てに見える。
  昌平橋⑤
 古いヘルメットのような電力量計カバーを見よ。この会社の歴史がしみ込んでいる。
  昌平橋⑦
  坂の途中に建っている昌平坂の碑である。
  昌平橋⑥
 聖橋では東京都の手によって長寿命化の工事が進められていた。茗渓に映える優美な姿が長く保たれるようになるのだろう。
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