Landscapes by the roadside

路傍学会


神社のLandscape 153

目黒区下目黒 大鳥神社
   大鳥神社①
 目黒区下目黒三丁目、山手通りの路傍、大鳥神社である。
  大鳥神社②
 鳥居をくぐり境内に入ると手水鉢がある。鳥の水浴びを防ぐ金網がかぶせてある。最近このような手水鉢が増えてきた。
  大鳥神社③
 国旗掲揚塔は社殿造営完成記念で昭和43年に建立されたものである。
  大鳥神社④
 社殿の左側に庚申塔群が祀られている。手前の三基が青面金剛である。手前から元禄、宝永、元禄年間の造立である。
  大鳥神社⑤
 これは宝永年間の六臂合掌像である。この神社の青面金剛はいずれも顔が削られている。廃仏毀釈時の措置かもしれない。
  大鳥神社⑥
 延宝年間の庚申塔の左隣の石は文字が読みにくくなっているが力石か。
  大鳥神社⑦
 境内では東京都の天然記念物に指定されているオオアカガシが寒空に大きく枝を伸ばしている。
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神社のLandscape 152

松戸市八ヶ崎 子安神社
   子安神社①
 松戸市八ヶ崎二丁目の路傍、子安神社である。前面道路の拡幅によって入口が変わった。
      子安神社②
 階段を登ると出迎えてくれる狛犬である。獅子の子落としを例えた迫力ある獅子山である。昭和11年の紀年銘が見える。
  子安神社③
 社殿に向かう途中に庚申塔が並んでいる。その中に2基の青面金剛が祀られている。
  子安神社④
 左の像は六臂の合掌像で、大振りの邪鬼がいる。天明年間の作であるが、右の像は風化が進み判読できない。
  子安神社⑤
 境内に富士塚は無いが昭和4年の富士登山記念碑がある。
  子安神社⑥
 その背後には成田山の不動明王が祀られている。
  子安神社⑦
 元禄年間に奉納された手水鉢の傍らにあるのは力石か。
  子安神社⑧
 寒風の中、境内の外れに建つ火の見櫓である。半鐘が付いているのかと思いきや、付いていたのはサイレンであった。
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神社のLandscape 151

松戸市小金原 茂侶神社
   茂侶神社①
 松戸市小金原五丁目の路傍、茂侶神社である。
  茂侶神社②
 一の鳥居の手前左に庚申塔が並んでいる。
  茂侶神社③
 三基の青面金剛がある。左から文政二年、寛政元年、寛延二年の像である。左の二基が六臂の剣人像、右は合掌像である。
  茂侶神社④
 文政二年の像である。剣は折れてしまった。青面金剛の両側に道の名が刻まれている。「左 鎌ヶ谷道」は鎌ヶ谷への道だろうが、「右 作場道」の作場とはいったい何処なのだろうか。路傍学会の興味は尽きない。
  茂侶神社⑤
 上の像の邪鬼と三猿である。よく見ると邪鬼は仰向けで腹を踏みつけられている。これは苦しい。三猿は逃げようとしているのか。
  茂侶神社⑥
 二の鳥居を越えたところには樹齢500年といわれる御神木の巨大な椎がある。
  茂侶神社⑦
 社殿前の手水鉢である。天保年間に奉納されたものである。鳥の水浴びを防ぐ金網がかぶせてある。その上にはポリエチレン製の柄杓が乗っている。吐水口の龍の髭は失われている。
  茂侶神社⑧
 手水舎の近くには力石が納められていた。
  茂侶神社⑨江戸名所図会
 江戸名所図会に描かれている茂侶神社である。江戸名所図会に掲載されている神社の内、最東端に位置する神社であるという。小金原団地が造成され、住宅に取り囲まれた現在では想像しにくいが、「富岳の白雪、房総の翠巒、筑波の紫霞もともにこの地の眺望に入りて、風光もっとも秀美なり」の地であったという。
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神社のLandscape 150

港区愛宕 愛宕神社
   愛宕神社①
 港区愛宕一丁目、東京メトロの神谷町駅から愛宕神社に向かう。昭和5年に完成した愛宕隧道入口脇の階段の手前にある看板である。この階段を登ることはできない。看板の指示に従いトンネルを通り正面に向かった。
  愛宕神社②
 愛宕神社前の交差点から見た愛宕隧道である。23区唯一の山岳トンネルであるという。トンネルの上には放送博物館がある。
  愛宕神社③
 愛宕神社の参道入口である。奥に見えるのが出世の石段である。曲垣平九郎が馬に乗って駆け上がり梅の枝を取ってくることに成功し、その後出世したという逸話が残る石段である。
  愛宕神社④
 登ってみた。かなり急な石段で、息が切れた。
  愛宕神社⑤
 石段正面にある丹塗りの門である。蟇股に葵の紋が輝いている。
  愛宕神社⑥
 社殿の右手に建つ「起倒流拳法碑」と彫られた石碑の台座右側面の落ち葉をどけると几号が現れた。この几号は「不」の字形でなく「T」の字形になっている珍しいものである。
  愛宕神社⑦
 この碑の近くに三角点の標石がある。手前の鉄板の下に三等三角点がある。標高は25.7mである。江戸時代から愛宕山は山頂からの眺めの素晴らしさで有名な場所であり、「鉄道唱歌」の第1番にも「愛宕の山」と歌われている。
  愛宕神社⑧
 境内には曲垣平九郎の故事に因み「将軍梅」と名付けられた古梅もある。境内の南隣は東京放送局(JOAK)が1925年からラジオ本放送を発信した場所で、現在は放送博物館となっている。館内では昔のドラマの展示などもあり、懐かしい、楽しいひと時を過ごすことができた。
  愛宕神社⑨
 これは博物館内で撮影を許されている展示品の一つ、1932年のマイクである。
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神社のLandscape 149

大田区羽田 穴守稲荷神社
   穴守稲荷神社①
 大田区羽田四丁目、京急空港線穴守稲荷駅の改札を出ると鳥居が出迎えてくれる。穴守稲荷神社の扁額が掛けられている。
  穴守稲荷神社②
 腹ごしらえをしようと、鳥居近くの食堂に入った。ベテランの御主人が作る卵トロトロのカツ丼である。
  穴守稲荷神社③
 羽田五丁目の路傍、穴守稲荷神社である。浪風が作った穴の害より田畑を守り給うた稲荷大神である。
  穴守稲荷神社④
 参道沿いの商店では御供物の油揚げを販売していた。商品は店内にあるのか。
  穴守稲荷神社⑤
 境内の神輿庫の前にあった石像である。三猿が浮彫されている。三猿の上には月もある。駒形の庚申塔だと思うのだが、刻字が見当たらない。いつ、だれが建てたものだろうか。
  穴守稲荷神社⑥
 手水鉢では竹に開けられた4つの穴から水が出ていた。面白い給水方法である。
  穴守稲荷神社⑦
 本殿脇に並ぶいくつもの鳥居をくぐると奥之宮にたどり着く。本殿と奥之宮の間の奥に福徳稲荷社と築山の登拝口がある。
  穴守稲荷神社⑧
 山頂には御嶽神社が祀られている。その社の向かいである。奥之宮の屋根の形に溶岩が積まれている。塚のようにも見える。奥之宮の社が築山を支えているのだ。
  穴守稲荷神社⑨
 弁天橋東詰にある穴守稲荷の旧大鳥居である。「平和」の文字が書かれた扁額がある。手前の水面は海老取川、右手は多摩川河口である。終戦直後、GHQは羽田空港を拡張するため、現空港内にあった旧社地から48時間以内の強制退去を命じたが、大鳥居だけは元の場所に残された。少年であった路傍学会も駐車場の中に建っていた鳥居を覚えている。
  穴守稲荷神社⑩
 往時の姿を新聞で見つけた。これは1111日付の朝日新聞夕刊に出ていた写真のクローズアップである。1962年の羽田空港の駐車場の様子である。中央のビルの手前左側、居並ぶバスの中に鳥居の上部が見える。昭和4年に京浜電気鉄道によって奉納されたものである。鳥居を撤去しようとすると負傷者や死者が出たというのは事実ではないようだが、平成11年に現在地へ移設された。
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