Landscapes by the roadside

路傍学会


煉瓦のLandscape 7

葛飾区新宿 旧三菱製紙中川工場煉瓦倉庫
   三菱煉瓦倉庫①
 葛飾区新宿五丁目の路傍、三菱製紙中川工場跡地に二棟の煉瓦倉庫がある。左はJR常磐線である。
  三菱煉瓦倉庫②
 西側から見た倉庫である。三菱製紙中川工場は1917年に操業を開始し、「花の木号」という機関車が走る専用線も敷設されていたが、20033月に工場は閉鎖、専用線も廃止された。
  三菱煉瓦倉庫③
 常磐線金町駅のホームからの眺めである。画面中央から右に曲がっていく線路が専用線である。
  三菱煉瓦倉庫④
 その先がどうなっているのか、走っている電車から見てみた。専用線の先は鉄板で塞がれている。
  三菱煉瓦倉庫⑤
 次に、鉄板の裏側を見に行った。線路は撤去され、築堤だけが残されていた。廃線敷のこの手前は遊歩道になっている。
  三菱煉瓦倉庫⑥
 遊歩道の先には製紙工場の跡地の一角に建った大学が見える。
  三菱煉瓦倉庫⑦
 倉庫の窓は厚板で塞がれている。この倉庫も昨日報告した閘門橋と同じく金町煉瓦株式会社製の煉瓦を用いているという。
  三菱煉瓦倉庫⑧
 通行人に不審な目で見られながら、目を凝らして刻印を探してみた。ラと重なった〇である。
  三菱煉瓦倉庫⑨
 こちらはツと〇2つである。ずっと見上げていたら首が痛くなった。重なった〇2つが金町煉瓦株式会社の刻印なのである。
  三菱煉瓦倉庫⑩
 無機的な倉庫であるが、窓を塞ぐモルタルの上にはドロバチ(?)の巣があった。
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煉瓦のLandscape 6

葛飾区西水元 閘門橋
   閘門橋①
 葛飾区西水元六丁目、東京都と埼玉県との境を流れる大場川に架かる閘門橋である。橋の先に見える樹林は、今年の122日号で報告した都立水元公園内の浅間神社の跡地である。
  閘門橋②
 橋の竣工銘板には明治42年と刻まれている。地元の水利組合によって造られた、都内に現存する数少ないレンガアーチ橋である。現地の説明板によると「閘門」とは、水位、水量等の調節用の堰のことで、古利根川の逆流を防ぎ、水田の水源確保などのために造られたものという。上流側と下流側でアーチの数が異なる珍しい構造の橋梁である。
  閘門橋③
 こちらは下流側である。アーチ両側の柱には堰板を落とす溝がある。
  閘門橋④
 アーチの上のブロンズ像は、閘門の堰板を巻き込んでいる姿である。
  閘門橋⑤
 橋の中ほどから見た大場川の上流方向である。
  閘門橋⑥
 橋脚の下部である。長い年月の中で煉瓦が抜け落ちた跡も見える。この閘門橋で使われている煉瓦は、かつて東金町八丁目の旧金町関所付近にあった金町煉瓦株式会社で製造されたものである。
 金町には、金町煉瓦株式会社製の煉瓦を用いた建造物がもう一つある。次号で紹介したい。
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煉瓦のLandscape 5

渋谷区笹塚、新宿区若葉、北区西ヶ原 再利用渋谷区笹塚2丁目①
 渋谷区笹塚二丁目、甲州街道の路傍にある駐車場である。
渋谷区笹塚2丁目②
 塀であろうか、煉瓦構造物の解体材を再利用した擁壁である。
新宿区若葉2丁目③
 新宿区若葉二丁目の路傍、真英寺の横にも不思議なパターンで煉瓦が組み込まれた擁壁がある。これも解体された煉瓦構造物の再利用であろう。
北区西が丘3丁目④
 北区西ヶ原三丁目の路傍である。地下に防火水槽が設置され、煉瓦の擁壁で一段高くなったポケットパークのような空間がある。その擁壁を見ていくと・・・ 
北区西が丘3丁目⑤
 不明瞭だが、何やら刻印のようなものが見える。
北区西が丘3丁目⑥
 これは明瞭である。「上敷免製」と読める。上敷免は深谷市にあった日本煉瓦製造株式会社の所在地であり、この煉瓦が同社製であることを示している。ちなみに、東京駅の煉瓦も同社の製品である。かつて北区内には煉瓦塀を備えた軍の施設が多数あった。ここの煉瓦も塀に使われていたものかもしれない。煉瓦の刻印は興味深いテーマだが、そこには深淵が広がっているようで、当学会のテーマとして一歩踏み出すにはいささか躊躇してしまう。
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煉瓦のLandscape 4

足立区千住 勝専寺勝専寺①
 足立区千住二丁目、宿場町通りの路傍である。脇道の突き当りに赤い門が見える。
勝専寺②
 千住で一番古い寺と言われている勝専寺の山門である。勝専寺は、山門の色から赤門寺とも呼ばれている。山門は明治天皇の行幸を記念して作られたものである。
勝専寺③
 境内は煉瓦塀にぐるりと囲まれている。
勝専寺④
 境内入ると本堂も煉瓦に覆われていた。明治39年の建立であるが、古めかしさはない。堅牢な塀に囲まれた寺には安心感がある。この寺の千手観音が千住の地名の起源の一つとされている。
勝専寺⑤
 境内の小堂の中には宿場の運送業者の守護神である馬頭観音が祀られていた。強力に印を結んでいる。
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煉瓦のLandscape 3

市川市本行徳 加藤家住宅市川市本行徳加藤家住宅①_convert_20141213113836
 市川市本行徳の路傍である。かつて塩問屋を営んでいた加藤家の住宅である。住宅の右手に煉瓦塀が見える。市川市本行徳加藤家住宅②_convert_20141213114038
 豪商の屋敷を守る煉瓦塀である。母屋とこの煉瓦塀が国の登録有形文化財になっている。
市川市本行徳加藤家住宅③_convert_20141213114159
 玄関の懸魚が往時の繁栄をしのばせる。
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