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Landscapes by the roadside

路傍学会


界隈のLandscape 186

佐野市金井上町、本町、大蔵町界隈
 栃木県佐野市を訪れた。
  240221-1 佐野市駅
 東武の佐野市駅で下車し歩き始めた。
  240221-2 佐野厄除大師

 10分程歩いて、まず、厄除大師として知られている惣宗寺にお参りした。

 参拝記念のボードには佐野市のゆるキャラ「さのまる」が描かれている。「さのまる」は佐野ラーメンのお椀の笠に、いもフライの剣を腰に差す佐野の城下町に住む侍である。

  240221-3 イモフライ

 厄除大師の向いで、「さのまる」が腰に差しているいもフライを頂いた。佐野のソウルフードである。

 佐野の市街地を東西に通る中央通りはかつての日光例幣使街道で、宿場町「天明宿」が栄えていた。

  240221-4 佐野市本町 味噌饅頭

 佐野市本町、中央通りの路傍に大きな古店舗が軒を並べている。

  240221-5 佐野市本町 うだつ

 手前の家には立派な「うだつ」がある。「うだつ」が上がった商家である。

  240221-6 佐野市本町 味噌饅頭

 この並びに「味噌まんじゅう」の老舗がある。この店舗も「うだつ」を備えている。

  240221-7 佐野市本町 味噌饅頭

 折角なので味噌まんじゅうを購入した。

  240221-8 味噌饅頭

 程よい甘さのつぶ餡が美味であった。

  240221-9 星宮神社

 味噌まんじゅう店横の道を進むと星宮神社がある。天明宿の鎮守である。

  240221-10 星宮神社

 境内には佐野市の文化財に指定されている銅造鳥居がある。享保年間に奉納されたものである。

  240221-11 星宮神社 機殿神社

 鳥居の右手に機殿神社が鎮座している。栲幡千々姫命(たくはたちちひめのみこと)を祀っている。栲幡千々姫命は織物の神として信仰される他、安産、子宝等の神徳をもつという。

  240221-12 星宮神社 青面金剛

 機殿神社の奥には青面金剛が祀られている。日影で見づらいが、前面が赤く彩色されている。以前、印西市で赤く彩色された青面金剛を報告したが、彩色にはどのような意味が込められているのだろう。宝永年間の造立である。

  240221-13 星宮神社 地蔵尊

 庚申塔の左に祀られている地蔵尊も彩色されていた。

  240221-14 星宮神社

 銅造鳥居を潜り、石段を上る。

  240221-15 星宮神社

 向拝虹梁の上には大黒天と恵比寿天が彫られている。

  240221-16 星宮神社

 華やかな社殿である。手挟の牡丹は綺麗に彩色されている。

  240221-17 星宮神社

 本殿は色が大分剥落してしまっているが、見事な彫刻が施されている。

 何か修復の手立てはないものかと考えつつ、次の訪問先へ向かった。

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神社のLandscape 327

船橋市海神 龍神社
 船橋市西部を散策した。
  240218-1 印内2丁目 馬頭観音

 船橋市印内二丁目、畑の中に榎が見える。

  240218-2 印内2丁目 馬頭観音

 太い榎の根元に3つの石塔がある。

  240218-3 印内2丁目 馬頭観音

 3基とも馬頭観音である。左の2基は明治時代に建てられたものだが、右の銘は読めなかった。いずれも他所から移されたものではないか。畑の前の道は古い道なのかもしれない。

  240218-4 西船4丁目 京成踏切手前

 畑の中の道を歩いていくと、京成線の踏切を渡るが、その路傍に地蔵尊が祀られている。踏切事故で無くなった方の霊を弔うためのものだろう。

  240218-5 西船4丁目 山野共同墓地

 その道を南下すると西船四丁目の坂道の上に墓地がある。立ち寄ってみよう。

  240218-6 西船4丁目 山野共同墓地

 坂道を上ったところに4基の馬頭観音の中央に青面金剛が祀れていた。

  240218-7 西船4丁目 山野共同墓地

 宝暦年間に造立された六臂の合掌像である。

 畑の中の道は千葉街道に出る。千葉街道を東へ向かった。

  240218-8 浅間神社

 西船一丁目の路傍に浅間神社のバス停がある。バス停から石段を上がり、200m程の参道を歩くと山野浅間神社が鎮座している。

  240218-9 ハテナ堂

 海神六丁目の路傍に眼を引く看板がある。米軍放出品などのミリタリー用品を販売する老舗である。

  240218-10 電話番号票 海神6丁目

 海神六丁目で国道から右手に入ったお宅の門に琺瑯の電話番号票があった。舩の字が面白い。これまで古い電話番号票をいくつも紹介してきたが、古い商家や医院などのものが多く、個人宅のものは珍しい。

  240218-11 龍神社

 海神六丁目の裏道を歩くと龍神社の前に出た。鳥居の右に建つ国旗掲揚塔の「国威宣揚」の文字は第二次大戦を終戦に導いた鈴木貫太郎の筆によるものである。

  240218-12 龍神社

 龍神社の本殿である。頑丈な覆屋で守られている。

  240218-13 龍神社

 覆屋の下を覗いてみると、屋根は漆喰も多用した重厚な瓦葺である。

  240218-14 龍神社

 これは背後から見た本殿である。全体に緻密な彫刻が施されている。

  240218-15 龍神社

 背面には司馬温公の甕割りが彫られている。割れた甕から子供の顔が見えている。

  240218-16 龍神社

 覆屋のパイプが邪魔だが、右の堂羽目には養老の滝が彫られている。

  240218-17 龍神社

 左側の胴羽目は神功皇后、武内宿禰が龍宮から干珠満珠を献上される場面という。後藤直光の手による見事な彫刻であった。できれば近づいてじっくりと見たかった。

  240218-18 龍神社

 龍神社境内の神池には龍がいた。龍に見送られて次の訪問先へ向かった。

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街道のLandscape 37

鎌ヶ谷市佐津間~松戸市日暮 鮮魚街道(その3)
 2月14日号の続きである。新京成線の地下通路から旧街道へ戻った。
  240217-1 野馬除土手
 松戸市常盤平六丁目の路傍に立札がある。
  240217-2 野馬除土手
 放牧場からの馬の逃亡を防ぎ、野犬等から馬を守るために巡らされた野馬除土手の一部がここに残されているのだ。柏市高田にも同様な野馬土手があった。
  240217-3 常盤平6丁目 通学路

 近くの通学路の標識である。牧野原小学校という校名は、放牧場に由来するものだろう。

  240217-4 常盤平7丁目

 常盤平七丁目、前方に樹林が見えてきた。

  240217-5 常盤平7丁目

 右側は常盤平中学校である。先ほど見えた樹林はこの学校に生えていた木々であった。

  240217-6 子和清水

 県道281号の向いに緑地がある。

  240217-7 子和清水

 緑地は窪地になっていて、片足を着いて水をすくっている「子和清水之像」がある。昔、この近くに住む酒好きの老人が、貧しい暮らしなのに外から帰るときには酔っていた。いぶかって息子が父のあとをつけてみると、泉をすくって「ああうまい酒だ」と飲んでおり、父が去ってから子が飲んでみるとただの清水であったという伝説に因むものである。

  240217-8 常盤平中学

近くの歩道橋から見た常盤平中学校と鮮魚街道である。鮮魚街道沿いに見える並木は野馬除土手の名残かもしれない。

  240217-9 子和清水

 こちらも歩道橋から見下ろした子和清水の緑地である。ここで湧いていた清水は街道を行き来する馬の喉も潤したことだろう。

  240217-10 常盤平柳町

 常盤平柳町ではまだ農地を見ることができる。大根畑である。

  240217-11 常盤平柳町

 大根畑を過ぎると街道は緩やかな下り坂になる。街道は坂の途中で左折する。

  240217-12 日暮6丁目

 日暮六丁目で街道は県道と斜めに交差し、左へ進む。

  240217-13 日暮6丁目

 県道を越えて間もなくイチゴ園があった。

  240217-14 日暮1丁目

 武蔵野線新八柱駅、新京成線八柱駅が近くなる。鮮魚街道はごく普通の道にしか見えない。

  240217-15 八柱駅

 金ケ作で新京成線の踏切を渡る。

  240217-16 八柱駅

 近くにある八柱駅から新京成に乗って帰途に就いた。

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街道のLandscape 36

鎌ヶ谷市佐津間~松戸市日暮 鮮魚街道(その2)
 2月7日号の続きである。
  240214-1 六実2丁目

 松戸市六実二丁目、火の下交差点である。

  240214-2 六実稲荷神社

 火の下交差点を左折すると路傍に六実稲荷神社が鎮座している。

  240214-3 六実稲荷神社

 隣接する集会所の前に「五香六実開墾記念樹」と大書きされた看板の後ろに太い木の幹が置いてある。説明板によると、明治10年頃に開墾記念樹として植えられた山桜が集会所改築に伴いやむなく伐採され、その幹を保存したとある。120年余の間に山桜は高さ18m余に達していたという。

  240214-4 六実稲荷神社

 社殿の背後には馬頭観音が幾つも祀られている。街道では数多くの馬が行き来していたことの証であろう。

  240214-5 六高台1丁目

 六高台一丁目の路傍では飲食店の看板が互いに負けじと大きさを競っているように見えた。

  240214-6 高龗神社

 六高台一丁目の路傍に玉垣が見える。

  240214-7 高龗神社

 高龗神社である。「高龗」は「たかお」と読むが、初めて見る漢字である。五香六実地区は明治初期から開墾が始まるが、痩せた土地に加えて度々の天災で苦労が多く、村人は水神であり農耕神としても仰がれる出雲大社の龍蛇神を勧請したと言う。あわせて迎えた降雨天候を司る「髙靇ノ命」(たかおかみのみこと)が社名の由来とされている。さらに、東国平定伝説により国土安泰を守護するとされる日本武尊命を加えた三柱をご祭神とする神社である。

  240214-8 高龗神社 力石

 社務所前に二つの力石が置かれている。

  240214-9 五香稲荷神社

 高龗神社から西へ歩くと五香七丁目、消防団の建物の隣に鳥居がある。

  240214-10 五香稲荷神社

 五香稲荷神社である。旧五香村の鎮守である。

  240214-11 五香稲荷神社

 屋根の下に枯木がある。御神木か。それとも六実稲荷神社で見たような開墾記念樹だろうか。

  240214-12 善光寺

 五香十字路の近くに善光寺がある。

  240214-13 善光寺

 本堂前に大型の石灯籠がある。

  240214-14 善光寺

 竿部分を見ると「有徳院殿」とある。有徳院殿は8代将軍徳川吉宗の戒名である。浜田城主が寛永寺の霊廟前に寄進したものである。どのような経緯でここにあるのだろうか。

  240214-15 金ケ作

 五香十字路の先で旧街道は県道から右へ分かれる。

  240214-16 金ケ作 五香駅手前

 右側の道を進むと新京成線の線路がある。踏切も無い。

  240214-17 五香地下通路

 県道に戻り地下通路で線路の下を通過した。

 新京成線を過ぎて、鮮魚街道を歩く旅はまだ続く。

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界隈のLandscape 185

香取市佐原界隈
 2月4日号の続きで佐原を巡る。佐原は、かつて利根川水運の中継基地として栄えた町で、「江戸優り(まさり)」といわれるほどであったという。
  240211-1 佐原

 今もなお、町屋や洋風建築など、時代の変遷を映し出す伝統的建造物が、小野川の河畔や香取街道などに軒を連ねている。

  240211-2 佐原ホテル

 佐原に点在する古民家や蔵は、改葬されて分散型ホテルとして利用されているものもある。

  240211-3 佐原ホテル

 このホテルは4棟で13室あるという。あえて室内にテレビと時計は置いていないとのこと。

  240211-4 東薫酒造

 文政8年(1825年)に創業し、香り豊かで風雅な日本酒を揃える酒蔵である。杉玉が吊り下げられている。4合瓶を購入した。

  240211-5 電話番号票 馬場本店

 こちらは300余年にわたり、伝統の製法を守りつつ日本酒、味醂の醸造を続けてきた酒造会社の電話番号票である。

  240211-6 馬場本店向い

 上の酒造会社の向いの蔵の通気口の蓋である。鶴と亀が陽刻されている。

  240211-7 円城寺本店

 酒造会社の先にある店舗である。今は営業していないようだが何を商っていたのだろう。2階のパラペットの中央に唐破風がある。面白い造りだ。画面左の電柱の下に「佐原町道路元標」があった。かつてこの辺りが佐原の中心部だったのだろうか。

  240211-8 佐原古物商

 向かいの古物商には万歳置物があった。三河万歳だろう。いかほどであろうか?

 小野川沿岸は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。

  240211-9 醬油店

 寛政12年(1800)に創業し、食用油を商っていたが、天保3年(1832)からは醤油業を営んでいる店舗である。

  240211-10 小野川街灯

 川沿いの街路灯には夏祭の山車がデザインされている。

  240211-11 琺瑯看板

 小野川沿いの酒店に古いコーラ、ファンタの看板の横にキリンビールの琺瑯看板があった。下部に「麒麟麥酒株式会社」とある。

  240211-12 牛乳受け箱

 古い牛乳受け箱もあった。

  240211-13 佐原

 キリンビールの先にある商家である。市松模様のタイルがモダンである。

  240211-14しゅはり

 佐原駅に向かう途中で見かけた古民家を改装した不動産店である。

  240211-15電話番号票 しゅはり

 軒下には3種類の電話番号票が取り付けられていた。

  240211-16 東薫 ふさこがね

 佐原では古い建物をリノベーションして利活用する例を幾つも見ることができた。歴史ある街並みを後世へ伝える取り組みとして評価されるべきではないかなどと思いつつ、東薫酒造で求めた酒を頂いた。

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青面金剛のLandscape 449

草加市青柳、八幡町界隈の青面金剛
  240210-1 龍光院跡墓地
 草加市青柳六丁目、駐車場の奥に墓地が見える。
  240210-2 龍光院跡墓地
 頭部が失われた地蔵尊が並んでいる。切り株の後ろに青面金剛が見える。
  240210-3 龍光院跡墓地
 邪鬼が半ば埋もれているが、六臂の合掌像である。その下に埋もれている三猿はどのようなスタイルなのだろう。享保年間の作。
  240210-4 出戸会館
 青柳八丁目に青柳町出戸会館がある。
  240210-5 出戸会館裏
 会館裏の墓地に石仏が並んでいる。手前には頭部の無い地蔵尊があり、奥に青面金剛が見える。頭部が無いのは廃仏毀釈によるものだろうか。
  240210-6 出戸会館裏
 中央は不動明王で、その左右に合掌している六臂の青面金剛が建っている。
  240210-7 出戸会館裏
 左の青面金剛は頼りがいのある構えである。享保年間の作。
  240210-8 久伊豆神社北
 2021331日号で報告した青柳久伊豆神社の北、葛西用水際のガードレールの後ろに路傍祠がある。以前、久伊豆神社に来た時には気がつかなかった路傍祠である。
  240210-9 久伊豆神社北

 中には不動明王が載った「大さがミ道」と彫られた石塔が納められいる。越谷市にある大相模不動尊への道標であった。左下に三十六町と、不動尊までの距離が刻されている。

  240210-10 久伊豆神社

 青柳四丁目、青柳久伊豆神社である。石鳥居の右側に住宅が建っている。

  240210-11 青柳久伊豆神社

 3年前の青柳久伊豆神社である。鳥居の右は空き地であった。境内の松の上部が切り取られていた。

  240210-12 久伊豆神社

 神社の周りや境内の環境が変わっても、明治8年に造立された青面金剛は少しも変わらずに参詣者を見守っている。

  240210-13 看板店

 青柳五丁目の路傍、看板店である。看板店にしてはおとなしめの看板ではないか。

  240210-14 観正院墓地

 看板店から西へ歩くと観正院八幡墓地がある。今は観正院の墓地となっているが、以前は観音寺という寺院であったようだ。墓地入口の脇に2体の青面金剛がある。

  240210-15 観正院墓地

 向かって右側の青面金剛である。草が茂っていて全体を見ることできないが、六臂の合掌像で、下部は土中に埋められているようだ。寛政年間の造立。

  240210-16 観正院墓地

 左の像は剣を持っているが、ショケラを持っているのかどうか。この像も下部が埋められているようである。正徳年間の造立である。

  240210-17 槐戸橋 綾瀬川

 観正院八幡墓地から新田駅へ向かう途中、綾瀬川に架かる槐戸橋から2017823日号で報告した蒲生の一里塚が見えた。

 この後、新田駅から東武の電車に乗り帰途に就いた。

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街道のLandscape 35

鎌ヶ谷市佐津間~松戸市日暮 鮮魚街道

 鮮魚街道を歩く旅は、昨年1217日号で、鎌ヶ谷市藤ヶ谷にある海上自衛隊下総航空基地まで辿り着いた。基地内を歩くことは出来ないので、基地の反対側の街道の始点へ向かった。

  240207-1 鎌ヶ谷市佐津間

 画面奥に基地の外周部に巡らされているネットフェンスが見える。

  240207-2 鎌ヶ谷市佐津間

 基地のネットフェンス前、鎌ヶ谷市佐津間から街道歩きを再開した。

  240207-3 中佐津間

 鮮魚街道は交差点の左へ進む。

  240207-4 佐津間 馬頭観音

 この道で正しいのかと不安になったが、路傍に馬頭観音があった。道標を兼ねているものであったので、この道が街道であろう。

  240207-5 南佐津間

 さらに進むと、道幅は狭くなり、古道の雰囲気が出始めた。

  240207-6 南佐津間

 路傍に小さな鳥居と祠がある。

  240207-7 南佐津間

 祠の中に石祠が二つ納められている。右の石祠には道祖神と刻されていた。左の石祠の下部には「電」の文字が読める。雷電か?

  240207-8 南佐津間 猫

 何が祀られているのだろうかと思案していたら猫に見つめられていた。

  240207-9 南佐津間

 猫の先の三差路に石塔が祀られている。

  240207-10 南佐津間 

 南無大師遍照金剛と刻された道標であった。

  240207-11 南佐津間

 道標を右に進むと、お宅の庭先に石塔が祀られていた。中央は青面金剛、右は庚申塔である。

  240207-12 南佐津間

 左の石塔は馬頭観音であった。街道で行倒れた馬を供養するためのものだろう。

  240207-13 六実6丁目

 松戸市六実五丁目で、鮮魚街道は県道281号と合流する。

  240207-14 看板 布団店

 合流点近くにあるふとん店の看板である。ルーバーの上に切り抜いた板で文字を表示している。良いセンスだ。

  240207-15 六実駅

 東武線の踏切から六実駅が望めた。

  240207-16 六実3丁目

 アーバンパークラインを越えて、鮮魚街道を歩く旅はまだまだ続く。

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神社のLandscape 326

香取市香取 香取神宮

 香取神宮を訪ねた。香取神宮は全国にある香取神社の総本社で、下総国一の宮である。

  240204-1 佐原駅

 JR佐原駅で下車して、バスを待った。

  240204-2 佐原駅前 伊能忠敬像

 駅前広場には伊能忠敬の銅像が建っている。銅像は北極星を向いている。

  240204-3 香取神宮

 二の鳥居を振り返って見た。参道の両側に屋台が並び、賑わっている。

  240204-4 香取神宮

 楼門で睨みを利かせている狛犬である。木製である。

  240204-6 香取神宮 御神木

 御神木の老杉である。

  240204-7 香取神宮

 現在の社殿は徳川綱吉の命により造営されたものである。

  240204-5 香取神宮 勅使門

 勅使門である。茅葺が美しい層をなしている。天明元年に建てられた香取神宮大宮司邸の表門である。

  240204-8 香取神宮

 今回香取神宮で是非見たいと思っていたものがある。急な山道を登った。

  240204-9 要石 香取神宮

 要石である。地震を起こす大鯰を抑えるため地中深くまで差し込まれているとされる霊石である。わずかに露出している頭頂部は、香取神宮では凸形、鹿島神宮では凹形をしているという。大地震が起きぬよう祈ってきた。

  240204-10 八坂神社

 香取神宮からバスに乗り八坂神社の前で下車した。佐原の大祭夏祭りで広く知られる神社である。

  240204-11 八坂神社

 本殿、覆屋は軍船を思わせる厳めしさである。荒ぶる神を祀るに相応しい造形である。

  240204-12 看板 八坂神社前酒店

 八坂神社の向いにある酒屋の清酒の看板である。蛍光灯による内照式の看板である。かなり古いものではないか。

  240204-13 蜷川家具店

 佐原の家具店である。ライトグレーのモルタル仕上げが美しい。昭和8年頃の建築という。

  240204-14 三菱館

 家具店の前から西方を見たところである。煉瓦造の建物は三菱館と呼ばれている三菱銀行佐原支店旧本館である。大正3年に建てられた洋風煉瓦建築である。

  240204-15 56

 三菱館の先にも土蔵造の薬局や明治25年に建てられた油店など歴史的な建物が並んでいる。

  240204-16 伊能忠敬旧宅

 小野川に面して伊能忠敬の旧宅がある。室内には伊能忠敬が測量に用いた器具が展示されていた。

  240204-17 樋橋から小野川

 伊能忠敬旧宅の前からは遊覧船が出ていた。

 佐原の街を巡る旅はまだ続く。

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青面金剛のLandscape 448

草加市中根、弁天界隈の青面金剛
 草加市東部を訪ねた。
  240203-1 草加松原

 獨協大学前駅から東へ歩くと日光街道沿いに草加松原が続いている。

  240203-2 中曾根橋

 中曽根橋で綾瀬川を渡る。

  240203-3 女体神社

 500m程歩くと、中根二丁目の路傍に女体神社の鳥居がある。

  240203-4 女体神社

 参道を進むと、左にずれた位置に明和二年に建てられた二の鳥居がある。駐車場を作る際に手前の参道をずらしたのだろうか。

  240203-5 女体神社

 鳥居越しに青面金剛が見えた。

  240203-6 女体神社

 剣、ショケラを持つ六臂像である。

  240203-17 女体神社

 ショケラの左に刻まれているのは何だろう。獅子噛を簡略化したものだろうか。路傍学会の興味は尽きない。享保年間の作。

  240203-7 八幡町 路傍祠

 女体神社の前の道は東へ歩くと八幡町の三差路に路傍祠がある。

  240203-8 八幡町 路傍祠

 正面からは全貌が見えないので、下方から撮影してみた。右に万治、中央に庚申の文字が見える。万治年間に造立された庚申塔であろう。

  240203-9 観正院

 路傍祠から南下すると弁天六丁目の路傍に正観院の山門がある。山門の右には厳島神社の幟建石が見える。

  240203-10 観正院

 参道を進むと紅梅が咲いていた。

  240203-11 観正院

 さらに進み境内に入ると右手に地蔵尊が祀られた一画がある。

  240203-12 観正院

 右側の大きな地蔵尊の右側に「奉造立庚申供養二世安楽攸」と刻されている。地蔵尊の庚申塔である。延宝6年の造立。

  240203-13 観正院

 上の地蔵尊の左側に建つ地蔵尊の衣の袂を見ると「申供養」と刻されており、こちらも庚申塔である。寛文2年の造立。

  240203-14 観正院

 参道の左側には石仏が並び、右端に青面金剛が祀られている。

  240203-15 観正院

 六臂の合掌像で、邪気は逃げ出そうとしているのか。延享年間の造立。

  240203-16 観正院 蠟梅

 境内に咲く蠟梅に見送られて次の訪問先へ向かった。

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界隈のLandscape 184

足立区青井界隈(その2)

 1月27日号の続きである。

  240131-1 青井兵和通り商店街

 足立区青井、青井兵和通り商店街のゲートがある。

  240131-2 よつや浴場

 商店街に入り路地を覗くと銭湯が見える。その名も「よつや浴場」である。「よつや」は「四ツ家」だろう。旧町名を冠した銭湯である。

 このような貼紙があった。

  240131-3 よつや浴場

 昨年3月末で営業を終えていた。木更津では営業を終えた銭湯が焼きそば店になっていたが、この浴場はどうなるのだろうか。

  240131-4 二ツ家町 バス停

 よつや浴場から北上すると、二ツ家町バス停がある。地図を見ると環七の北側には一ツ家がある。一ツ家、二ツ家、四ツ家があるが、これらの地名はこの地を開発した入植者の家の軒数を表していると言う。

 環七の近くまで来たので、西加平まで足を伸ばした。

  240131-5 西加平神社

 西加平一丁目、環七の路傍に鎮座する西加平神社である。この辺りは土地区画整理事業が行われ、西加平神社も遷座を余儀なくされた。

  西加平神社⑮

 これは2016911日号で報告した西加平神社の裏手に据えられた石仏である。左端に青面金剛があるが、境内に入れてもらえず寂し気な様子であった。

  240131-7 西加平神社裏

 以前訪れた時から7年以上経過したが、この間に前面の道路も完成し、屋根も掛けられて蜜柑も供えられるようになった。

  240131-8 銭湯 大平湯

 西加平神社から西へ進むと、青井六丁目の路傍に銭湯がある。昔ながらの銭湯をリノベーションし、現代的なお洒落な施設として蘇らせた銭湯を「デザイナーズ銭湯」と呼ぶらしいのだが、そのパイオニア的存在という。

  240131-9 銭湯大平湯脇

 銭湯横の道である。

  240131-10 青井6丁目

 銭湯横の道を辿ると路傍祠がある。

  240131-11 青井6丁目

 祠内には、剣、ショケラを持つ六臂像が祀られている。邪鬼、三猿の風化が進んでいる。造立年は確認できなかった。

  240131-12 青井6丁目

 青井六丁目で見かけた看板である。「御菓子司」の下に「いなり寿司、のり巻き、赤飯」とある。昔は和菓子屋でいなり寿司や赤飯を売っていたことを思い出した。

  240131-13 中央本町1丁目

 御菓子司前の道を西へ歩くと中央本町五丁目に路傍祠がある。

  240131-14 中央本町5丁目

 黄色のペンキが塗られた鉄製の不思議な形をした構造物に守られている。

  240131-15 中央本町5丁目

 祠内には合掌している六臂の青面金剛が祀られている。邪鬼は正面を向いている。

  240131-16 中央本町5丁目

 この青面金剛は口を開けているのだろうか。舌を出しているようにも見える。

 この辺りは元々「小右衛門新田」と呼ばれたエリアであったという。そう言えば、以前報告した小右衛門稲荷神社は梅島二丁目に鎮座していた。

  240131-17 梅島2丁目

 かつて小右衛門新田であった梅島を通り、梅島駅まで歩いて帰途に就いた。

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