Landscapes by the roadside

路傍学会


琺瑯看板のLandscape 28

中野区本町 琺瑯看板
   大和町4丁目①
 中野区大和町四丁目、八幡通りの路傍である。ブロック塀に琺瑯看板が取り付けられている。
  大和町4丁目②
 この看板の下にはこのような保健所からの告知板があった。電柱を思わせる右の木柱が犬に催させてしまうのでないか。
  大和町4丁目③
 寄贈者は現在も、西武新宿線都立家政駅南口で営業を続けている。
  大和町4丁目④
 琺瑯看板から西へ数十m歩いた所の電気店の前にあるのは乾電池の自動販売機である。
  大和町4丁目⑤
 ナショナル乾電池である。
  大和町4丁目⑥
 黒のネオハイトップである。単3、単4はパナソニックブランドとなっている。乾電池の自動販売機は最近あまり目にしなくなった。これもコンビニや百均店の影響だろうか。
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  2. 看板
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路傍祠のLandscape 24

杉並区高円寺北 庚申祠
   高円寺北2丁目①
 高円寺北の庚申祠を訪ねようとJR高円寺から歩き始めた。ねじめ正一氏の小説で知られる高円寺純情商店街に向かう。
  高円寺北2丁目②
 純情商店街を抜けて庚申通り商店街に入る。人通りの多い商店街である。
  高円寺北2丁目③
 商店街の中ほどの路傍に庚申祠がある。
  高円寺北2丁目④
 庚申祠である。戦災で一部破損し、昭和37年に今の姿になったという。
  高円寺北2丁目⑤
 鉄格子から中を見てみると、花に囲まれた青面金剛が祀られていた。近づけず紀年銘は読めないが、現地の説明板によると、正徳年間の作とのこと。
  高円寺北2丁目⑥
 青面金剛の左手の不言猿である。懐には不見猿がいる。
  高円寺北2丁目⑦
 こちらは右手にある不聞猿である。201610月には「庚申塔」の建立300年を記念して「庚申塔300年祭こどもまつり」が開催されている。今も商店街の守り本尊として信仰されている庚申塔なのである。
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  2. 路傍祠
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門のLandscape 36

三鷹市井の頭 井の頭弁財天黒門
   井の頭弁財天①
 三鷹市井の頭四丁目の路傍である。目の前にあるのは笠木が反った明神鳥居かと思いたくなるが、これは井の頭弁財天の参道入口の門「黒門」なのである。
  井の頭弁財天②
 黒門の左手に建つ石柱である。「神田御上水源 井の頭弁財天」と刻まれている。井の頭弁財天への道標なのである。右側面には「是より社まで一丁半」とある。この参道は長さが一丁半あるということになる。2段の台石には、劇場や俳優の名が刻まれている。
  井の頭弁財天③
 すぐ隣にある小さな祠には大黒天の石像が祀られていた。
  井の頭弁財天④
 参道を進むと前に大盛寺が見えてくる。画面右手前に見える石灯篭の先右側に弁天堂に至る石段がある。右の石灯籠は文化年間に奉納されたもので、台石には「両国講中」とある。
  井の頭弁財天⑤
 石段の上から見た弁天堂である。木立で見にくいが、太鼓橋の向こうに赤い社が見える。
  井の頭弁財天⑥
 上の図は江戸名所百景「井の頭の池弁天の社」(部分)である。太鼓橋と社の位置関係は今と同じように見える。
  井の頭弁財天⑦
 社殿の脇の宇賀神である。以前は大盛寺の門前の「井之頭弁財天石鳥居講中」碑の上に据えられていたが、近年、現在地に移された。
  井の頭弁財天⑧
 「井の頭」という名称は三代将軍家光によって名づけられたものと伝えられ、自ら小刀で弁財天の傍らの辛夷の木に「井頭」と刻んだとも伝えられる。上の写真は、その伝承を記した石碑である。この碑の近くには、地元ロータリークラブから寄付された辛夷の木が植えられているが、生育状態はよろしくない。
  井の頭弁財天⑨
 外来魚の駆除と水質の改善を図るため、井の頭池では「かいぼり」が行われており、水が抜かれている。3月初旬まで池干しが続けられるという。
  井の頭弁財天⑩
 訪れた日(211日)には井の頭公園の西園で、オリンピアンを招いて東京2020ライブサイトin2018が開催されていた。
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建物のLandscape 12

中野区本町 象小屋
   象小屋①
 中野区本町二丁目の路傍の小さな公園である。
  象小屋②
 植込み地に立て札がある。
  象小屋③
 象小屋の跡を示す立て札である。江戸名所図会の明王山宝仙寺の項に「中野に象厩を建ててこれを飼はせられたりし」との記述があるが、その象厩(きさや)はここに建っていたのだ。中野には、将軍綱吉が犬小屋を作ったが、象小屋もあったのである。
   象小屋④享保14年渡来象之図
 象は、享保13年に中国人貿易商が安南から連れて来たもので、江戸へ向かう途中、京都で中御門天皇と霊元法王の謁見を受けた。この謁見に際し、朝廷はこの象を従四位に叙している。上の図は、国立国会図書館所蔵の「享保14年渡来」象之図である。京都で描かれた烏丸家蔵図を転写したものという。
  象小屋⑤浜離宮
 享保145月、江戸で将軍吉宗が上覧した後、象はしばらく浜御殿に飼われていた。上の図は東京都公園協会が作成した浜離宮の図面である。図の中央に朱色の線を引いた左に「象部屋」とある。享保14年から寛保元年、中野村の源助に下げ渡されるまでの10年余り、ここで象は飼育されていた。
  象小屋⑥
 中野に来た象は見世物にされたが、源助の管理が悪かったようで、寛保2年に象は21歳で死亡してしまった。子供が遊ぶこの公園に、どのような象小屋が建ち、人々はどのように見物していたのだろうか。幻の象厩である。路傍学会の興味は尽きない。
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  2. 建物
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青面金剛のLandscape 186

中野区天沼 天沼一丁目十字路角
   天沼一丁目庚申塔①
 中野区天沼一丁目の十字路の路傍に樹木が生えたポケットパークのような場所がある。
  天沼一丁目庚申塔②
 歩いて行くと、石造物が見えてくる。
  天沼一丁目庚申塔③
 二つの覆屋の下に5基の石仏、石柱がある。
  天沼一丁目庚申塔④
 中央は享保年間の地蔵菩薩である。六道衆生を救済して下さる。左の石柱は百番観音供養塔で、右は光明真言供養塔か。撮影していたら、小さな子が不思議そうに覗きにきた。1眼レフが珍しいのかもしれない。
  天沼一丁目庚申塔⑤
 青面金剛が二基並んで祀られている。共に笠付きの角柱型で、六臂の合掌像である。左は元文、右は宝永年間の作。
  天沼一丁目庚申塔⑥
 宝永年間の象である。こちらの像には邪鬼がいない。ここにある石仏等は、いずれも土地区画整理の際に集められたものである。この広場の一角にある区画整理事業の記念碑は、区画整理が完了した昭和13年に建てられたものであり、石仏などは80年以上ここにおわすことになる。
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  2. 青面金剛
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路傍祠のLandscape 23

中野区大和町 厄除不動堂
   厄除不動堂①
 中野区大和町三丁目、八幡通りの路傍、正面に見えるのは大和町八幡神社の参道である。
  厄除不動堂②
 この交差点の左には二つの堂がある。
  厄除不動堂③
 手前にある育英地蔵堂である。堂内に延享年間の地蔵尊が祀られている。
  厄除不動堂④
 地蔵堂の左側にある「厄除不動堂」である。堂内に二基の青面金剛が祀られている。
  厄除不動堂⑤
 こちらは宝暦年間の造立である。顔は修復されている。
  厄除不動堂⑥
 邪鬼と三猿は行儀が良い。手前のペットボトルには何が入っているのだろう。1本の線香が手向けられていた。
  厄除不動堂⑦
 こちらは元禄年間の青面金剛だが、前垂れで良く見えない。
  厄除不動堂⑧八幡神社
 八幡神社の参道を歩いていると、魚魂碑があった。釣りの愛好家達が奉納したものである。神社にこのようなものがあるのは珍しいのではないか。
  厄除不動堂⑨八幡神社
 参道脇のお宅の玄関前にこのようなものがあった。これはいったい何だろう。ゆるキャラか?路傍学会の興味は尽きない。
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  2. 路傍祠
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路傍祠のLandscape 22

新宿区西新宿 淀橋庚申堂
   淀橋庚申堂①
 新宿区西新宿五丁目の路傍、前回報告した柳橋から新宿方面に歩いた先の辻にある淀橋庚申堂である。
  淀橋庚申堂②
 風格漂う額である。
  淀橋庚申堂③
 堂内とその周りは大変綺麗に掃き清められている。
  淀橋庚申堂④
 中央は六臂の青面金剛、右は一猿の庚申塔か。邪鬼の両側には蓮葉の浮彫がある。
  淀橋庚申堂⑤
 邪鬼と三猿である。三猿は枠の中に収まり、行儀が良い。
  淀橋庚申堂⑥
 傷みの無い像なので、いつ設けられたのかと調べてみると、側面に「淀橋庚申講世話人一同」「昭和二十九年九月建立」とあった。60年余り前の作である。
  淀橋庚申堂⑦
 提灯の下の手水鉢は昭和35年に奉納されたものである。堂の横にも3体の石仏がある。
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  2. 路傍祠
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橋のLandscape 16

新宿区西新宿 柳橋
   柳橋①
 新宿区西新宿五丁目にある庚申堂を訪ねようと歩いていると、コンクリート製の欄干が中央部で切り取られている古い橋が現れた。
  柳橋②
 新宿区西新宿五丁目の路傍、柳橋である。橋の下を流れていた川は前回の東京オリンピックの前年に暗渠化され、遊歩道として利用されている。
  柳橋③
 昭和7年に完成したコンクリート橋である。
  柳橋④
 遊具が設置され、児童遊園となっている所もある。
  柳橋⑤
 橋の袂には柳橋にちなみ柳の若木が植えられていた。
  柳橋⑥
 橋の西側には懐かしい風情の青果物店があった。
  柳橋⑦
 このような商品の並べ方をする商店はめっきり減ってきた。
  柳橋⑧
 橋から見た新宿の方向である。静かな商店街である。都庁舎が見える。
  柳橋⑨
 理容店があった。超高層ビルがすぐ近くまで迫ってきているが、このような身近な商店街がこれからも存続していくことを望みたい。
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青面金剛のLandscape 185

中野区本町 福寿院
   福寿院①
 中野区本町三丁目の路傍、福寿院の門前である。
  福寿院②
 境内からは都庁舎をはじめ、新宿の超高層ビル群が望める。
    福寿院③
 本堂の手前、左側の小堂には宇賀神が祀られている。
  福寿院④
 さらに本堂の左に石仏群が見える。
  福寿院⑤
 無縁仏が集められているようである。
  福寿院⑥
 近づいてみると、二基の青面金剛が祀られている。共に六臂の合掌像で、右が元禄、左は享保年間の作。邪鬼はいない。
  福寿院⑦
 青面金剛の横隣には魚籃観音も祀られている。しなやかな立ち姿である。
  福寿院⑧
 参詣を終え、新橋通りを歩いていたら、ブロック塀に琺瑯看板を見つけた。
  福寿院⑨
 琺瑯看板に落書きをする不届き者がいる。寄贈者が今も営業しているのかは不明である。
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  2. 青面金剛
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青面金剛のLandscape 184

北区赤羽西 真正寺坂
   赤羽西2丁目①
 北区赤羽西二丁目、廃寺になった寺の名前に由来する「真正寺坂」の路傍である。青面金剛が祀られている。
  赤羽西2丁目②
 ショケラ持ちの六臂像である。風化が進んでいるが「これよりいたばしミチ」と刻まれている。道標である。今日も綺麗な花が供えられている。明和年間の作。
  赤羽西2丁目③
 獅噛か?
  赤羽西2丁目④
 坂道を下る雨水の流れを阻害しないように台石が設置されていた。
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  2. 青面金剛
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