Landscapes by the roadside

路傍学会


界隈のLandscape 9

台東区台東 佐竹秋葉神社界隈
   佐竹商店街①
 台東区台東四丁目、佐竹秋葉神社の参道である。佐竹秋葉神社は、八百屋お七の放火による大火後、神田から当地へ移転した出羽久保田藩佐竹右京太夫の上屋敷跡に勧請された神社である。なお、神田の佐竹家屋敷跡には佐竹稲荷神社が現存していることを昨年の1218日号で報告した。参道は佐竹商店街と直行している。
  佐竹商店街②
 参道沿いで見かけた琺瑯看板である。迷惑駐車はいけません。
  佐竹商店街③
 精肉店の室外機である。懸命にファンが回っていた。
  佐竹商店街④
 アーケード入口の店舗である。あまり学生向けの店には見えなかった。
  佐竹商店街⑤
 昭和の香りがする甘味・軽食の店である。
  佐竹商店街⑥
 サンプルを見てみると、チャーハンが逆さになっている。もう提供していないという意味だろうか。
  佐竹商店街⑦
 これも懐かしい手作りカステラの店である。
  佐竹商店街⑧
 アーケードに吊るされた垂れ幕に、佐竹商店街は日本で2番目に古い商店街と書いてあった。歴史ある商店街にもシャッターが下りた店舗が散見されるようになった。地図を見ていたら、近くに別の秋葉神社があるではないか。
  秋葉神社⑨
 台東区松が谷三丁目である。奥に秋葉神社の鳥居が見える。鳥居の両脇の玉垣は皇太子殿下(今上天皇)御成婚記念で奉納されたものである。秋葉神社は、明治天皇の下命により、明治3年、宮城内紅葉山から鎮火三神を秋葉原の地に勧請したが、明治21年、上野駅から秋葉原駅までの鉄道の延伸に伴い現在地に遷座した。これが、秋葉原の駅名の由来である。ちなみに、秋葉大権現の秋葉は「あきは」であるが、江戸訛りによって、「あきば」と呼ばれたという。
  秋葉神社⑩
 社務所前にあった問題である。狭い世界の見識にとらわれてはいけないのである。
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路傍祠のLandscape 21

越谷市蒲生 道標と青面金剛
   茶屋通り路傍祠①
 越谷市蒲生一丁目、茶屋通りの路傍である。9月2日号で報告した「ぎょうだいさま」から数分歩いた所に路傍祠がある。
  茶屋通り路傍祠②
 不動明王像を乗せた道標と青面金剛が祀られている。
  茶屋通り路傍祠③
 道標には「是よ里大さがミち」と大書きされている。ここで旧日光街道から分岐する道は越谷市相模町にある大相模不動尊へと続いている。青面金剛は、六臂の合掌像である。
  茶屋通り路傍祠④
 邪鬼は正面を向き、両手で踏ん張っている。
  茶屋通り路傍祠⑤
 青面金剛の脇には願いが込められた小さな気功仏がたくさん納められていた。合掌。
  越谷市蒲生綾瀬川⑥
 近くの綾瀬川にあった看板である。この川には凶暴な河童が棲んでいるにちがいない。
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  2. 路傍祠
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塚のLandscape 54

品川区東品川 利田神社
   利田神社①
 品川区東品川一丁目である。路地の奥に利田神社が見える。
  利田神社②
 これは広重の江戸名所百景の「品川すさき」(部分)である。画面の社が洲崎弁天社で、現利田神社である。社の手前の水面は目黒川である。
  利田神社③
 写真の右にあるのが現在の利田神社である。品川区の埋め立て事業によって目黒川の流路が変わり、その跡が八山通りとなり、船溜まりは公園になった。
  利田神社④
 これは今も残る船溜まりである。画面の右側に八山通りがあり、突き当りが区立公園である。区立公園の左側に利田神社がある。
  利田神社⑤
 境内の鯨塚である。寛政10年に鯨が品川沖に迷い込み、大変な騒ぎとなった。この鯨は浜御殿(現在の浜離宮恩賜庭園)まで曳かれて、11代将軍家斉も上覧したという。その時に「うちよする 浪は御浜のおにはそと くじらは潮を ふくはうち海」の歌が詠まれた。その後、解体された鯨の骨はここに埋められた。
  利田神社⑥
 隣接している公園には鯨のモニュメントが設けられていた。
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塚のLandscape 53

品川区北品川 品川神社
   品川神社①
 品川区北品川三丁目の路傍、品川神社である。画面の左上に見える岩山が富士塚である。
  品川神社②
 石段下にある鳥居は双竜鳥居である。都内には、これまでに紹介した高円寺、馬橋稲荷神社の鳥居と品川神社のこの鳥居と合わせて3例の双竜鳥居がある。
  品川神社③
 石段の中ほどから左に伸びる階段が富士塚の登山道である。
  品川神社④
 五合目を超えると道は狭く険しくなる。右手で鎖を掴みながら登る。
  品川神社⑤
 頂上である。大変眺めが良い。国旗掲揚塔がある。掲揚柱は木製である。ビルが林立する以前は東京湾が眼下に見渡せたことだろう。
  品川神社⑥
 境内から見た富士塚である。無数の溶岩で覆われている。右に見える社は末社の浅間神社である。塚の下には大きな蛙がいる。交通旅行の安全守護「ぶじかえる」である。86日号で江戸三富士を紹介したが、東京七富士というのもある。七富士の内、路傍学会で未報告のものは2か所あったが、今回、品川富士を登頂したので、残るは1か所となった。いずれ報告したい。
  品川神社⑦
 境内には皇太子(今上天皇)の誕生を祝う国旗掲揚塔がある。現役である。昭和9年に地元の在郷軍人会が奉納したものである。
  品川神社⑧
 社殿前の手水鉢には龍の吐水口の横に河童が座っていた。手水鉢に河童がいるのは初めて見た。
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塚のLandscape 52

柏市中新宿 庚申塚
   柏市中新宿①
 柏市中新宿三丁目、旧水戸街道の路傍である。青面金剛が祀られている。
  柏市中新宿②
 六臂の合掌像である。右には宝暦年間の青面金剛尊の文字碑がある。
  柏市中新宿③
 三眼の憤怒の顔である。享保年間の作。
  柏市中新宿④
 三猿の下には自動車のカギが置いてある。落とし物なのであろう。持ち主が気が付くとよいが。
  柏市中新宿⑤
 近くにあるバス停である。左後方に見える庚申塔が名前の由来であろうか。
  行念寺①
 旧水戸街道を柏駅方向に歩いていると行念寺がある。門柱の後ろに青面金剛が祀られている。
  行念寺②
 六臂のショケラ持ちの剣人像である。宝暦年間の作。右の文字碑は文化年間の作。
  行念寺③
 参道の向には延命地蔵尊、六地蔵、十九夜塔などが静かに並んでいる。
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建物のLandscape 8

墨田区墨田 たぬき湯
 墨田区墨田三丁目の隅田湯が昨年の大晦日に閉店したと聞いた。墨田区の古い銭湯が気になり出かけた。
   たぬき湯①
 墨田区墨田二丁目の路傍である。スカイツリーの下に趣のある木造家屋がある。この建物は菓子店で、この店の前を過ぎて右を向けばたぬき湯である。
  たぬき湯②
 何か様子がおかしい。営業している気配が感じられない。
  たぬき湯③
 ここも閉店してしまったのかと思っていると、こんな貼紙があった。改修工事中だったのである。一安心である。新装なったら汗を流しにこよう。
  たぬき湯④
 手前の菓子店である。随分古い建物のようである。この付近は戦災を免れたというから、ひょっとしたら戦前の建築かもしれない。
  たぬき湯⑤
 二階の手すりを支える金具は、510日号で報告した墨田区見番通りにある店舗の軒下金具と良く似ている。
  隅田湯⑥
 たぬき湯の存続を確認したので、閉店した隅田湯がどうなったのか行ってみた。何と、まだ建物は残っているではないか。
  隅田湯⑦
 青瓦の二連アーチ型庇の下に男女別の入口がある。なんとなく花街の雰囲気が漂うモダンなデザインである。
  田中湯⑧
 もう一軒、気になる銭湯がある。墨田区墨田五丁目の狭い路地の傍らに建つ田中湯である。建物は小ぶりながら、千鳥破風屋根が前面にある伝統的な外観である。ここも営業を続けていて安心した。
  墨田5丁目理容店⑨
 近くの理容店である。ここも頑張って営業中。
  鐘ヶ淵駅近くの食堂⑩
 オムライス、親子丼、エビフライ定食、冷やし中華など何でもある食堂でナポリタンを食べて帰途についた。小皿に入っているのは粉チーズである。
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  2. 建物
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界隈のLandscape 8

中央区日本橋 鎧橋界隈
   鎧橋①
 中央区日本橋小網町の路傍である。鎧橋の橋詰に皇太子殿下御成婚記念の国旗掲揚塔がある。
  鎧橋②
 他に類を見ないフォルムである。表の「瑞祥」の題字は正田貞一郎翁の手による。
  鎧橋③
 橋の途中にあるマンホールの蓋である。「はいきえん」と読むらしい。鎧橋は昭和32年に架橋されたのだが、使われている漢字が古すぎはしないか。ひょっとして古い蓋を再利用したのか。路傍学会の興味は尽きない。
  鎧橋④
 兜町側にある地蔵尊である。由来など説明は無い。台座には大正14年建立とあるので関東大震災被災者の供養のための地蔵尊かもしれない。
  兜町証券取引所⑤
 地蔵尊の向かい側には証券取引所がある。言わずと知れた日本を代表する金融商品取引所である。
  兜神社⑥
 証券取引所の右側の道を歩いていくと兜神社がある。鎧の上流には兜があるのである。
  兜神社⑦
 境内にある兜石である。源義家が戦勝を祈願したという石である。兜町の地名は、この石に因むという。手水鉢にも兜の文字が見えた。
  日本橋郵便局⑧
 近くにある日本橋郵便局の玄関脇の壁面である。ここが我が国における郵便の発祥地なのである。
  日本橋ダイヤビルディング⑨
 日本橋郵便局と日本橋川との間に建つ日本橋ダイヤビルディングである。昭和5年に建てられたビルの外観を保存しつつ、高層化されたビルである。景観を大事にした都市開発である。色々な歴史の重なりが垣間見える界隈であった。
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  2. 界隈
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塚のLandscape 51

日本橋堀留町 椙森神社
   椙森神社①
 中央区日本橋堀留町一丁目、人形町通りから路地を覗くと、鳥居が見える。
  椙森神社②
 路地を抜け、境内の反対側からみた椙森神社である。白い社殿は関東大震災後に鉄骨鉄筋コンクリート造りで再建されたものである。この神社は、柳森神社、鵜森神社とともに「江戸三森」の一つに数えられている。
  椙森神社③
 江戸時代、この神社では数多くの富籤が興行されたという。その盛んに行われた興行を記念して建てられた富塚である。
  椙森神社④
 富塚の前には三方が置いてある。風に飛ばされぬように、透明のケースに宝くじを入れて幸運を願うらしい。どうもその際に水をかける人がいるようだ。
  椙森神社⑤
 隣にある昭和6年に奉納された水盤には石を入れる人もいるようだ。外国から来た人が誤解しているのかもしれない。
  椙森神社⑥
 入ってきた路地を境内から見ると、鳥居の向こうに居酒屋の格子が見えた。一度暖簾をくぐってみたいところである。
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神社のLandscape 140

中央区日本橋堀留町 出世稲荷神社
   出世稲荷神社①
 中央区日本橋堀留町一丁目の路傍である。年季の入った商家の隅に出世稲荷神社の幟がはためいている。手元の地図には表示のない神社である。
  出世稲荷神社②
  狭い道に入っていくとマンションの駐輪場の入口横に社号標と幟がある。ここが入口だろうか。
  出世稲荷神社③
 並んでいる自転車の横を進んでいくと、脱水機を乗せた洗濯機の奥に石鳥居が見えてきた。
  出世稲荷神社④
 「は組」の手水鉢である。屋根はネットフェンスに取り付けられている。石灯篭の左手の植物の後ろに木柱がある。
  出世稲荷神社⑤
 木遣り塚である。中ほどに棕櫚縄が結んである。木遣節を後世に伝えるために建てられたものである。
  出世稲荷神社⑥
 社殿である。関東大震災後に近くの椙森神社の拝殿の廃材を利用して建てられたものという。
  日本橋堀留町①
 近くの居酒屋である。入口の上には「のりば」の表示。店の名前や造りから見てかなり「鉄分」の濃い店のようである。
  日本橋堀留町②
 「準備中」も「整備点検中」となる。一度運転時間中に訪れてみたい。
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  2. 神社
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神社のLandscape 139

草加市金明町 旭氷川神社
   旭氷川神社①
 草加市金明町の路傍、旭氷川神社である。鳥居の右手に湯殿山、月山、羽黒山三所大権現などと並んで青面金剛が祀られている。
  旭氷川神社②
 古い石造物がどんどん失われている中で、御影石の新しい基礎を設けて、きちんと据え直されているのは嬉しい。
   旭氷川神社③
 六臂の合掌像である。綺麗な明和年間の像である。
  旭氷川神社④
 この邪鬼のポーズは何だ。よくわからない。
  旭氷川神社⑤
 こちらはショケラ持ちの六臂の剣人像である。この邪鬼は主尊の足の間から顔を出しているのだろうか。享保年間の作。両像とも邪鬼がユニークである。
  旭氷川神社⑥
 扁額である。縁には龍が巡っている。鳥居に掛けてあるのは藁で作られた龍であろう。2015523日号で報告した足立区の高野胡録神社の鳥居にも藁で作られた龍が纏わり付いていた。
  旭氷川神社⑦
 境内には力石も納められていた。地元の有志の方からの寄付によるものと説明があった。
  旭氷川神社⑧
 神社の隣の水田ではクワイが栽培されていた。埼玉県は広島県に次ぐ全国第2位のクワイの生産量を誇っているという。
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  2. 神社
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