Landscapes by the roadside

路傍学会


神社のLandscape 129

大田区山王 山王熊野神社
  山王熊野神社①
 大田区山王三丁目、池上通りの路傍である。熊野神社の社号標が建つ。奥に見えるはかつての別当寺善慶寺の山門である。
  山王熊野神社②
 善慶寺の本堂と墓地の間を通り、神社の参道にたどり着く。かなり急な石段である。両側には大量の溶岩が積まれている。中腹に手水鉢がある。
  山王熊野神社③
 多くの子を連れた狛犬である。子孫繁栄の象徴か。
  山王熊野神社④
 社殿前、桜の根元近くに無造作に力石がおいてある。持ち上げられるなら、持ち上げてみろ、という風情である。さし石と刻まれている。
  山王熊野神社⑤
 社殿の左手にある狐碑である。文久年間に悪さをする狐をここに埋めたので掘ってはならぬという趣旨のことが書いてある。
  山王熊野神社⑥
 境内の照明である。灯具が代わり、配線も何度も直されている。神社の歴史がしみ込んでいる灯柱である。
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  2. 神社
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青面金剛のLandscape 160

杉並区方南 東運寺
 東運寺①
 杉並区方南二丁目の路傍、「釜寺」と呼ばれている東運寺の山門である。あの浅野内匠頭も通ったといわれている由緒ある山門である。
 東運寺②
 山門をくぐり振り返ると、釜茹でになりそうになった厨子王を僧の姿になって助けたという身代地蔵尊が見える。合掌。
 東運寺③
 本堂の手前、竹林の傍らに唐破風笠付きの円柱型の青面金剛が祀られている。
 東運寺④
 二手の青面金剛である。
 東運寺⑤
 邪鬼は動物的でユーモラスである。円柱に彫られていることが良くわかる棚に乗っている。
 東運寺⑥
 三猿の顔はかなり平面的で、愛らしい仕草である。
 東運寺⑦
 厨子王を釜茹でから救ったという地蔵尊伝説に因み、本堂の上には大きな釜が乗っている。
 東運寺⑧
 写真の中央、本堂の前にある木は、孔子ゆかりの楷である。中国では科挙の合格者に楷の笏を贈ったという。
 方南・大山神社
 かつては東運寺の境内社であったのであろう大山神社では、一対の狼像が社を守護していた。頭の上にある毛糸の編み物は頭巾か。
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  2. 青面金剛
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橋のLandscape 10

港区高輪 高輪橋架道橋
 高輪大木戸跡①
 港区高輪二丁目の路傍、欅の奥に見えるのは高輪大木戸跡である。
 高輪大木戸跡②
 旧東海道の両側に石垣を築いて大木戸が設けられたが、現在では海岸側の石垣だけが残されている。
 高輪橋架道橋①
 大木戸跡から品川方面に進み、左折すると、道路は緩やかなカーブを描きながら下がっていく。
 高輪橋架道橋②
 見ていると、山手線の列車が次々に通り過ぎていく。高輪橋架道橋である。その筋では有名な架道橋であるが、田町駅、品川駅間の新駅の建設によって姿を消すと聞いたので久し振りに訪れた。
 上の写真の中央右側のネットフェンス越しに眺めてみると・・・ 
 高輪橋架道橋③
 鯔の幼魚のイナが沢山泳いでいるのが見えた。海と繋がっているのだろう。もともと東海道線は海の中に敷設され、その後、線路と陸地の間の埋め立てが進んだが、その名残の水路であろう。
 高輪橋架道橋④
 かがまねば頭をぶつける、この低いガードは、個人タクシーの提灯マークがぶつかり壊れたという都市伝説が広まって「提灯殺しのガード」と呼ばれている。
 高輪橋架道橋⑤
 轟音をとどろかせて疾走する電車を間近に見ることができるこのガードも2020年までには姿を消す。また、東京の名所が消える。
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神社のLandscape 128

杉並区堀ノ内 堀ノ内熊野神社
 堀ノ内熊野神社①
 杉並区堀ノ内二丁目の路傍、堀ノ内熊野神社である。正面の鳥居は文化年間に奉納されたもので、杉並区内最古という。
 堀ノ内熊野神社②
 鳥居の横に立つ制札は石板に文字を刻んだものである。棹も石である。
 堀ノ内熊野神社③
 裏はこのようになっている。芸が細かい。
 堀ノ内熊野神社④
 社殿前の国旗掲揚塔である。昭和3年に地元の青年団が奉納したものである。文字は削り取られ、役目を終えている。
 堀ノ内熊野神社⑤
 寛政年間に奉納された手水鉢である。何故か蛇口が2つもある。カランを回してみると水が出たのは左側の蛇口のみであった。
 堀ノ内熊野神社⑥
 神輿庫である。大小2つの神輿があるが、大正12年の関東大震災の当日に浅草で買い求め、猛火の中を無事に帰着した「火伏の神輿」はどちらの神輿なのだろうか。路傍学会の興味は尽きない。
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  2. 神社
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門のLandscape 32

文京区後楽 小石川後楽園唐門小石川後楽園①
 文京区後楽一丁目の路傍、小石川後楽園前である。小石川後楽園は、京都の金閣、銀閣と同様に、特別史跡かつ特別名勝に指定されている全国でも数少ない文化財庭園の一つである。
小石川後楽園②
 水戸光圀が完成させた天下の名園だが、庭園に一歩足を踏み入れると目の前に鯨の腹のようなドーム球場の屋根が見え、左手には文京区役所、右手にホテルが聳えている。
小石川後楽園③
 気を取り直して庭園を歩くと、菖蒲田では花菖蒲がちょうど見頃であった。来園者の皆さんが熱心に写真を撮っていた。
小石川後楽園④
 今回、この庭園を訪れた目的はこれである。東京都は2020年を目指して戦災で焼失した唐門の復元に取り組んでいるのである。
小石川後楽園⑤
 内庭からみた調査地である。緑のフェンスの内側で調査が行われている。石橋を渡った先が唐門のあった場所である。
小石川後楽園⑥
 唐門の基壇部分では慎重に発掘調査が進められていた。
小石川後楽園⑦
 この石垣の上には脇塀が復元されるのだろう。
小石川後楽園⑧
 昭和13年に撮影された焼失前の唐門である(東京都公園協会所蔵)。それは見事な彫刻が施されていたという。
小石川後楽園⑨
 木曽川から続く延段である。この先に唐門が建つ。どのような姿で蘇るのか。彫刻はどうなるのか。彩色はどうか・・・ 路傍学会の興味は尽きない。
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塚のLandscape 47

文京区白山 白山神社白山神社①
 文京区白山五丁目の路傍、白山神社の鳥居前である。沿道には紫陽花祭の緑色の提灯が並んでいる。白山神社は昨年824日号で国旗掲揚塔を報告したが、今回白山神社を訪れたのは紫陽花祭の期間中のみ公開される富士塚を参拝するためである。
白山神社②
 境内で行われていたジャズコンサートを楽しんだ後、本殿の裏手にある富士塚に向かった。樹木で見にくいが、緑の提灯の先、画面中央の奥が富士塚である。手前に並んでいるのは、塚に登ろうと順番を待つ善男善女である。
白山神社③
 路傍学会も列に加わった。
白山神社④
 ようやく登山口に近づいてきた。
白山神社⑤
 柵に取り付けられている看板である。近隣のプライバシー保護のために公開が制限されているのだ。
白山神社⑥
 公開も紫陽花の鑑賞が目的である。
白山神社⑦
 ほとんどの人が紫陽花の写真を撮りながら塚を登っている。
白山神社⑧
 塚上にある祠である。野菜や果物が供えられている。
白山神社⑨
 富士塚には618日まで登ることができる。
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神社のLandscape 127

松戸市中和倉 中和倉熊野神社中和倉熊野神社① - コピー
 松戸市中和倉の路傍、中和倉熊野神社である。鳥居は、東日本大震災で倒壊した石鳥居から平成24年に金属製に改められた。
中和倉熊野神社② - コピー
 鳥居をくぐると、力石がごろんと置いてある。
中和倉熊野神社③ - コピー
 「中和倉村」と彫ってある。祭で地元の強者たちが力を競ったのだろう。
中和倉熊野神社④ - コピー
 文化年間に奉納された手水鉢の向こうに青面金剛が見える。
中和倉熊野神社⑤ - コピー
 厳しい顔の六臂合掌像である。宝暦年間に造られた綺麗な像である。
中和倉熊野神社⑥
 境内には、境内の脇神様、地域の神様や道標などを解説する看板が協賛会の手で整備されていた。わかりやすい説明で、この神社を理解する上で大変役立った。
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  2. 神社
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神社のLandscape 126

松戸市新作 安房須神社安房須神社①
 松戸市新作の路傍、安房須神社の参道入口である。
安房須神社②
 参道に沿って庚申塔群が並んでいる。
安房須神社③
 彫りの深い六臂の合掌像の邪鬼である。大きな邪鬼は逃げ出そうとしているのか。三猿は驚き、うろたえている。
安房須神社④
 宝暦年間の合掌二手像である。邪鬼は主尊の両足の大きさと変わらぬほど小さい。千葉県東葛飾地域には14基の二手青面金剛像があるといわれていたが、最近は18基説もある。すべて同一の石工の手によるらしい。
安房須神社⑤
 ショケラを持つ六臂の剣人像の邪鬼と三猿である。邪鬼の胴は長く動物的であり、三猿は抽象的である。宝暦年間の作。
安房須神社⑥
 2個の幟礎石の隣に4個の力石が並ぶ。奥の力石は埋没しつつある。置き方を考えたい。
安房須神社⑦
 拝殿の棟瓦には安房須の文字が見える。
安房須神社⑧
 水位が随分低くなっていた天水桶ではボウフラ対策であろうか、金魚が泳いでいた。
安房須神社⑨
 脇参道の両側には孟宗の竹林が広がっている。竹の子はすっかり大きく成長していた。
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  2. 神社
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青面金剛のLandscape 159

足立区本木西町 吉祥院吉祥院①
 足立区本木西町の路傍、吉祥院の参道である。
吉祥院②
 山門前に二体の地蔵菩薩が立っている。左の地蔵菩薩は、頭の左右に日と月、足元には三猿が彫られている庚申塔である。延宝年間の作。
吉祥院③
 通用門から境内に入ると四阿の向こうに四基の石仏群が見える。
吉祥院④
 タイプの異なる四基の庚申塔である。
吉祥院⑤
 六臂の合掌している青面金剛は火災にあったのか、顔と手は剥落している。
吉祥院⑥
 邪鬼、三猿も溶けたようになっており、造立年も不明である。
吉祥院⑦
 右から2番目の庚申塔には三猿が2段に彫られている。上段の三猿である。可愛らしいポーズである。一番左の駒形の庚申塔は、表に元禄、裏に享保の年号が彫ってある。どうしてなのだろう。作り直したのか。路傍学会の興味は尽きない。
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  2. 青面金剛
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塚のLandscape 46

武蔵野市境南町 杵築大社杵築大社①
 武蔵野市境南町二丁目の路傍、杵築大社である。
杵築大社②
 静謐な空気が流れている境内には、市指定天然記念物の千本公孫樹が聳えている。
杵築大社③
 かつては境内には三つの池があり、富士五湖になぞらえて山口湖、河口湖、西湖と呼ばれていたという。上の写真は唯一現存している河口湖である。左手の橋を渡り富士塚を登る。
杵築大社④
 石段を登ってたどり着く頂上の祠の中には富士仙元大菩薩の石祠が祀られている。
杵築大社⑤
 塚の裏側である。いくつもの石が積み上げられ、大きな塚を支えている。
杵築大社⑥
 塚の下に置かれている石である。何やら意味ありげである。
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