Landscapes by the roadside

路傍学会


青面金剛のLandscape 157

練馬区高野台 長命寺
長命寺① - コピー
 練馬区高野台三丁目の路傍、長命寺の南大門である。
長命寺② - コピー
 境内の御影堂へ至る参道である。両側に石仏が並ぶ。
長命寺③ - コピー
 青面金剛が二基並んでいる。手前は正徳年間、奥は百年近く新しい享和年間の作。二基とも邪鬼は強く踏みつけられている。
長命寺④ - コピー
 参道は右に折れて御影堂が見えてきた。
長命寺⑤
 この橋の手前の青面金剛である。よく見ると、三猿の間に二鶏が浮彫されている。珍しい配置である。安永年間の作。
長命寺⑥
 こちらは六臂の合掌像である。顔が剥落するなど傷みが進んでいる。元禄年間の作。移されてきたものらしい。
長命寺⑦ 
 境内には力石も納められていた。
長命寺⑧
 笹目通り側の参道である。
長命寺⑨
 入口近く松である。枝を切り落とした断面の穴には新たな植物が芽生えていた。
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  2. 青面金剛
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看板のLandscape 32

足立区関原 ライオン看板
朝日新聞17年5月24日東京川の手版 
 524日発行の朝日新聞「東京川の手」版の記事である。地域のシンボルとして親しまれてきた老舗呉服店の「ライオン看板」が修理されたという記事である。
 確か以前に撮影したことがあると思い、路傍学会ファイルを探してみた。あった。
足立区関原ひらさわ呉服店2015①
 20151月、足立区のランドスケープ事情に詳しい細岡氏に案内されて撮影したものである。
足立区関原ひらさわ呉服店2017②
 最近撮影したものである。わずかに浮き出ていた錆が無くなったほかは、全くと言って良いほど変化がない。
足立区関原ひらさわ呉服店2015③
 2015年の少し手前からのショットである。
足立区関原ひらさわ呉服店2017④
 2017年である。変わらぬ風情である。
 新聞記事によると、修理に当たっては、看板に薄い紙をあてて字の周りをかたどり、白く塗った下地にその紙を重ねて書き写したという。寸分違わぬはずである。
ひらさわ呉服店⑤
 こうした数字もそのままである。良い味を出している。
ひらさわ呉服店⑥
 店主の英断によって、みんなの思い出がこもっている看板が昔と変わらぬ姿を取り戻したことは素晴らしい。いつまでもこの路傍の風景が変わらぬことを祈りたい。
西新井ラーメン①
 「ぬか屋」さんの徒然日記を見て、是非訪れてみたいと思っていた西新井駅構内のラーメン店である。撮影後に寄ってみた。
西新井ラーメン②
 昔ながらの東京ラーメンである。こってり系がもてはやされている中、堂々の正統派醤油ラーメンである。昭和44年創業という。腹も心も満たされ帰宅の途に着いた。
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塚のLandscape 45

練馬区石神井 一里塚跡石神井7丁目①
 練馬区石神井七丁目、富士街道の路傍である。地元消防団の分団が使っている建物脇に青面金剛が見える。
石神井7丁目②
 咲き始めた紫陽花、御神燈の奥に六臂像が祀られている。
石神井7丁目③ 
 彫りの深い合掌像である。延享年間の作。
石神井7丁目④
 三猿である。不見、不言が内側を向く。不聞猿が押さえているのは片耳だけか。
石神井7丁目⑤
 いつ建てられたのか不明であるが、青面金剛の隣には一里塚改築記念碑がある。ここは一里塚の跡で、そこに祀られている青面金剛のようである。
石神井7丁目⑥
 富士塚のように溶岩が積み上げられ、小塚となっている。玉垣には大正の年号が見えた。
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神社のLandscape 125

品川区大井 大井鹿島神社大井鹿島神社①
 品川区大井六丁目、池上通りの路傍、大井鹿島神社である。
大井鹿島神社②
 社殿の右手、旧本殿である現末社前、不楼門と彫られた石柱の周りに3基の力石が納められている。明治の年号が読める。この神社では奉納相撲が盛んに行われていたことと繋がりがあるのであろう。
大井鹿島神社③
 末社の前、天明5年銘の狛犬の脇では猫が熟睡していた。
大井鹿島神社④
 「恵澤潤洽」の碑である。5mを超える大きなものである。昭和7年、品川用水を管理していた組合は解散し、品川領を潤した用水は役割を終えた。用水の廃止に当たり、用水が人々に多大な恩恵を与えたことを称える碑である。
大井鹿島神社⑤
 品川用水の碑の前、昭和7年に荏原郡が東京市に編入されたことを記念する碑である。やはり神社は地域の歴史を蓄える貴重な空間である。上面に丸い穴が開いているが、どのような用い方をしたのだろうか。
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  2. 神社
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青面金剛のLandscape 156

品川区東大井 来福寺来福寺①
 品川区東大井三丁目の路傍、旧東海道から続く来福寺の参道である。
来福寺②
 参道の奥にある石段を上ると山門がある。門の向こうには手入れの行き届いた境内が見える。
来福寺③
 山門の左手、宝篋印塔の横に青面金剛が祀られている。六臂の合掌像で、邪鬼は見えない。貞享年間の作である。
来福寺④
 宝篋印塔の奥にこのような説明看板が倒れていた。庚申堂の説明である。ここに庚申堂があったのか。それらしい跡は見つからないのだが・・・・ 
来福寺⑤
 傍に祀られていた青面金剛である。いずれも台石から外されていた。どうしてこのような状態に置かれているのか、倒れた看板と関係があるのか。不思議である。
来福寺⑥
 山門の右手には山王鳥居が見える。奥の石段の上に見えるのは聖天堂である。
来福寺⑦
 鳥居脇の水盤である。縦長の珍しい形をしている。文化年間の作。
来福寺⑧
 水盤には聖天堂に祀られている歓喜天のシンボルである二股大根が彫られていた。
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界隈のLandscape 4

墨田区向島、東向島 水戸街道界隈向島①
 墨田区向島四丁目、水戸街道路傍の商店である。イラストがすべてを物語る。
東向島①
 東向島一丁目の路傍で、久しぶりにテーラーの文字がある袖看板を見つけた。
東向島②
 日除けがテーラーの歴史を感じさせる。
東向島③
 テーラーの3軒隣のすし屋の前である。出前用であろう、使い込まれた自転車が停められている。この鈍い輝きを見よ。時の流れがしみ込んでいる。
東向島④
 宮田自転車のマークが誇らしい。
東向島⑦
 東向島一丁目の路傍の児童遊園にある国旗掲揚塔である。建立年は不明である。
東向島⑧
 掲揚柱は塔の高さに合わせて鋸で切断されていた。
東向島⑤
 墨田区東向島二丁目、糸店である。文字で必要にして十分な情報を伝えるストレートな看板である。
東向島⑥
 この商店は看板に記されていない煙草も売っていた。「たばこ」は内照式の看板だろうか。
東向島⑨
 東向島二丁目の路傍である。カメラがフィルムを使っていた時代、仕上げのスピードを売り物にしたこのような店舗は随所にあった。
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  2. 界隈
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神社のLandscape 124

墨田区向島 牛島神社牛島神社①
 墨田区向島一丁目、震災復興計画によって水戸徳川家本邸跡に造られた隅田公園の奥、牛島神社が見える。
牛島神社②
 弥栄と彫られた、すっきりしたデザインの国旗掲揚塔である。昭和48年ボースカウトが奉納したもの。 
牛島神社③
 社殿前の井戸である。奉納者の職業は、読みにくいが「洋傘骨商」とある。この当時、繁盛した事業だったのだろう。
牛島神社④ 
 参拝を終えて見上げる三輪鳥居である。珍しい形式の鳥居である。
牛島神社⑤
 殲蒙古仇碑記の基部にはいくつもの力石がはめ込まれていた。どのような意味があるのだろうか。
牛島神社⑥
 文政年間に奉納された撫牛である。ご利益を求める多くの方々に撫でられ、柔らかな光を帯びている。墨田区登録文化財。
牛島神社⑦2013年
 3年前、この神社の塀にはこのようなものが貼られていた。今、見渡すとそれらしいマンションが建っている。
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  2. 神社
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神社のLandscape 123

戸田市中町 下戸田氷川神社下戸田氷川神社①
 戸田市中町一丁目の路傍、下戸田氷川神社の参道入口である。写真に見える一の鳥居は、明治28年に建立されたもので、市内で唯一の神明型石鳥居であるという。
下戸田氷川神社②
 参道の右側には、トタン屋根に守られて青面金剛や馬頭観音など4基の石造物が祀られている。
下戸田氷川神社③
 左の馬頭観音は寛政年間のものだが、風化が進み輪郭ははっきりしない。右のショケラ持ちの六臂の剣人像は、石質が違うのだろう、細部まで明瞭である。供花の後ろには筋骨隆々の大型の邪鬼が正面を向いている。安永年間の作。
下戸田氷川神社④
 参道の途中にある幟立は天保年間に奉納されたものである。
下戸田氷川神社⑤
 手水舎である。このような複雑な木組みをもつ手水舎の屋根は初めて見た。このような構造にする意味があるのであろう。
下戸田氷川神社⑥
 参道の脇には力石も奉納されている。文字が刻まれているが、下部が埋もれていて判読できない。

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  2. 神社
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青面金剛のLandscape 155

戸田市喜沢南 喜沢神明神社喜沢神明神社①
 戸田市喜沢南一丁目の路傍、喜沢神明神社前、遊具の向こうに屋根に守られた青面金剛が見える。
喜沢神明神社②
 駒形の青面金剛である。右に見えるのは文政年間に建てられた出羽三山供養塔である。笠の形がおもしろい。
喜沢神明神社③
 剣が欠けてしまったが、ショケラ持ちの六臂の剣人像である。彫りは深く明瞭である。
喜沢神明神社④
 迫力のある表情をした邪鬼の上、左右には鶏が浮彫されている。三猿は丸みを帯びて愛らしい。明和年間の作。
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界隈のLandscape 3

墨田区向島 見番通り界隈三囲神社①
 墨田区向島、墨堤通りと水戸街道に挟まれた見番通りの路傍、三囲神社である。三井家は江戸進出に当たり、その名にあやかりこの神社を守護社とした。
三囲神社②
 池袋三越の店前にあったライオン像である。平成21年に奉納された。境内には三井邸から移した三角石鳥居もある。
見番通り①
 見番通りの名前は、この通りの中ほどに見番があることから付けられた。奥に見える煉瓦塀は料亭の跡かと思ったが、どうやら違うようである。
見番通り②
 近くの家の玄関灯である。懐かしいデザインである。取り付け金具も渋い。
見番通り④ 
 いつの間にか近代的なビルに変わっていた見番である。二階の窓からは粋な提灯も見える。どのような部屋なのだろう。
見番通り⑤
 海抜0.3mである。隅田川沿いの低地を通る道なのである。
見番通り⑥
 菓子等を商う店の軒を支える美しい金具である。隣にある消火栓保護委員とは?
見番通り⑦
 喫茶店「カド」である。昭和33年の創業であるという。
見番通り⑧
 昭和の香りたっぷりのメニューである。
見番通り⑨
 かつての料亭街の雰囲気は徐々に薄れつつある向島だが、細かく歩けば、昔の風情を見つけることができる。
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