Landscapes by the roadside

路傍学会


橋のLandscape 10

港区高輪 高輪橋架道橋
 高輪大木戸跡①
 港区高輪二丁目の路傍、欅の奥に見えるのは高輪大木戸跡である。
 高輪大木戸跡②
 旧東海道の両側に石垣を築いて大木戸が設けられたが、現在では海岸側の石垣だけが残されている。
 高輪橋架道橋①
 大木戸跡から品川方面に進み、左折すると、道路は緩やかなカーブを描きながら下がっていく。
 高輪橋架道橋②
 見ていると、山手線の列車が次々に通り過ぎていく。高輪橋架道橋である。その筋では有名な架道橋であるが、田町駅、品川駅間の新駅の建設によって姿を消すと聞いたので久し振りに訪れた。
 上の写真の中央右側のネットフェンス越しに眺めてみると・・・ 
 高輪橋架道橋③
 鯔の幼魚のイナが沢山泳いでいるのが見えた。海と繋がっているのだろう。もともと東海道線は海の中に敷設され、その後、線路と陸地の間の埋め立てが進んだが、その名残の水路であろう。
 高輪橋架道橋④
 かがまねば頭をぶつける、この低いガードは、個人タクシーの提灯マークがぶつかり壊れたという都市伝説が広まって「提灯殺しのガード」と呼ばれている。
 高輪橋架道橋⑤
 轟音をとどろかせて疾走する電車を間近に見ることができるこのガードも2020年までには姿を消す。また、東京の名所が消える。
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橋のLandscape 9

江東区亀戸 亀戸天神内太鼓橋亀戸天神①
 江東区亀戸三丁目、蔵前橋通りの路傍である。藤まつりの広告旗が並んでいる。藤の季節である。
亀戸天神②
 亀戸天神社の参道である。鳥居の向こう側に太鼓橋が見える。
亀戸天神③
 鳥居を過ぎて最初の橋である。男橋と呼ばれている。
亀戸天神④
 広重の江戸名所百景「亀戸天神境内」(部分)に描かれた太鼓橋である。橋の奥に藤を楽しむ人々が描かれている。江戸時代にも既に藤の名所であった。
亀戸天神⑤
 これは1880年に撮影された太鼓橋である(小学館刊、「百年前の日本」より)。現在の女橋の場所か。この橋の形が外国人カメラマンの興味を引いたのであろうか。写真の左奥には、今はない門のような建物が写っている。
亀戸天神⑥
 これは社殿の前の女橋である。水面に映り込み、円を描いている。
亀戸天神⑦
 これは江戸名所図会の「亀戸宰府天満宮」(部分)である。池の周りには藤棚が巡っている。中央に男橋に相当する太鼓橋はあるが、女橋の所には平橋が架かっている。うーん、古写真の橋はどちらだ。
亀戸天神⑧
 境内の国旗掲揚塔である。菅原公に因む和魂漢才である。独特のデザイン。昭和39年に東京オリンピックを記念して建てられたもの。
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橋のLandscape 8

台東区浅草 今戸橋今戸橋①
 台東区浅草七丁目の路傍である。今戸橋の親柱が残されている。後ろに見えるのは待乳山聖天宮である。新吉原の遊郭への水上路として遊客を乗せた多数の猪牙船が往来した山谷堀、その堀に架かっていた橋の跡である。
今戸橋②
 江戸名所図会の今戸橋(部分)である。左手に船宿が並び、猪牙船が繋がれている。 
今戸橋③
  山谷堀は埋め立てられ、区民が憩う公園となった。
今戸神社①
 台東区今戸一丁目の路傍、今戸神社である。猫招きの発祥地であり、近年は縁結びのパワースポットとして女性に大変な人気である。 
今戸神社②
 境内には良縁を願う絵馬が大量に掛けられている。その奥に石碑が見える。 
今戸神社③
 今戸橋開橋記念の碑である。大正15年に今戸橋開橋式祝賀会が設けたものである。今は役割を終えた今戸橋であるが、浅草と今戸を結ぶ橋の完成を喜ぶ地元の方々の気持ちが伝わる碑である。 
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橋のLandscape 7

中央区八重洲・日本橋本石町 一石橋一石橋①
 中央区八重洲一丁目と日本橋本石町一丁目に架かる一石橋である。橋の北の金座には後藤庄之助が、南に呉服商後藤縫之助が住んでいて、後藤=五斗を二つ足して一石ともじった洒落から一石橋と名付けられたと云う。
一石橋②
 大正11年に木橋からRC橋に架け替えられ、関東大震災も耐え抜いた。その後、度重なる改修を経たが、南詰の親柱が中央区の区民有形文化財に指定されている。
一石橋③
 橋の南詰には「満よひ子の志るべ」が安政四年に建てられた。右側に「志(知)らする方」、左側に「たづぬる方」と彫られている。迷子や尋ね人の特徴を書いた紙を左側の窪みに貼ったという。こちらは東京都指定有形文化財である。この石の基部には几号水準点が刻まれている。
名所江戸百景八つ見のはし(部分)
 名所江戸百景・八つ見のはし(部分)である。一石橋は、江戸時代には橋上に立つと常盤橋や日本橋などの橋が見渡せたことから八つ見の橋と呼ばれた。居並ぶ大名屋敷の向こうに江戸城の櫓が見える。今では、常盤橋、西河岸橋が見えるのみである。
一石橋④
 橋上から見た常盤橋である。奥に新幹線の高架橋が見える。
一石橋⑤
 橋を渡ると金座の跡には日本銀行本店がある。
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橋のLandscape 6

中央区新川~湊 南高橋
中央区亀高川南高橋①_convert_20151114100752
 中央区の新川と湊の間を流れる亀高川に架かる南高橋である。関東大新震災後に架橋された橋で、トラスが美しい。大震災で被害を受けた両国橋の一部を再利用したもの。
中央区亀高川南高橋②_convert_20151114100926
 意匠もモダンである。鋼製トラス橋としては、昨年5月17日号で報告した江東区にある八幡橋(旧弾正橋)についで都内で2番目に古く、車両が通行できるものでは全国でも6番目の古さという。
中央区新川船徳稲荷神社①_convert_20151114101107
 橋詰にある徳船稲荷神社である。中央大橋の架橋工事のため隅田川畔から当地に遷座。
中央区新川船徳稲荷神社②_convert_20151114101259
 社の傍らに建つ国旗掲揚塔は昭和17年の建立である。もともと橋詰にあったものなのか、社とともに移設したものなのか。路傍学会の興味は尽きない。
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