Landscapes by the roadside

路傍学会


神社のLandscape 143

千代田区岩本町 繁栄於玉稲荷大明神
   於玉稲荷①
 千代田区岩本町二丁目の路傍である。赤い幟が見える。
  於玉稲荷②
 繁栄於玉稲荷大明神である。この辺りには、江戸初期、不忍池よりも大きな「お玉が池」と呼ばれた池があった。池は元々桜が池と呼ばれていたが、池の畔にあった茶屋のお玉という女性が身を投げたとの故事からお玉が池と呼ばれるようになった。
  於玉稲荷③
 江戸名所図会に描かれたお玉である。優劣つけ難い二人の若者と心を通わせ、悩んだ末に池に身を投げたという。
  於玉稲荷④
 お玉が池は江戸の繁栄とともに埋め立てられ、跡形もない。社殿の右横には末社の弁財天が祀られている。この末社の前に金魚が泳ぐ小さな池がある。お玉が池を偲ぶよすがか。
  於玉稲荷⑤
 池が無くなってもなお、お玉が池の名前は長く使われている。お玉が池種痘所跡である。安政の時代に蘭学者が資金を出し合って種痘所を作ったところである。
  於玉稲荷⑥
 近くにある児童遊園にもお玉が池の名が冠せられている。神田お玉が池界隈の解説板もあった。
  於玉稲荷⑦
 坂本龍馬も通った「北辰一刀流」の道場もここにあった。千葉周作はお玉が池の先生と呼ばれていたという。
  於玉稲荷⑧
 会社の駐車場にもお玉が池の名が。
  於玉稲荷⑨
 岩本町二丁目にある銭湯の看板である。この路地を入ると「お玉湯」がある。
  於玉稲荷⑩
 繁栄於玉稲荷大明神は安政の大地震で焼失し、分社があった葛飾区新小岩の於玉稲荷神社へ本社を遷座した。新小岩四丁目の於玉稲荷神社である。この写真は4年前に撮影したものだが、社殿の朱が鮮やかである。
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  2. 神社
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神社のLandscape 142

大田区大森北 大森鷲神社
   大森鷲神社①
 大田区大森北一丁目の路傍、大森鷲神社である。昭和29年に建立された鳥居をくぐり社殿に向かう。
  大森鷲神社②
 社殿の屋根で黄金色に輝くのは大黒天か。
  大森鷲神社③
 参拝を終えて脇参道に向かうと右手のピンクの自転車の後ろに小祠が見えた。
  大森鷲神社④
 ぐるっと回って見ると、緑の屋根の小祠の中に石仏が納められている。
  大森鷲神社⑤
 剣を持つ六臂の青面金剛である。紀銘年は不明であるが、彫り方からみて新しい現代の像であろう。
  大森鷲神社⑦
   祠の蟇股には絶対に喋るものかと、必死に口を押えている不言猿がいた。
  大森鷲神社⑥
 神楽殿の背面である。義理と人情が欠かせないのである。
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神社のLandscape 141

台東区松が谷 矢先稲荷神社
   矢先稲荷神社①
 台東区松が谷二丁目の路傍、矢先稲荷神社である。寛永年間に幕府はこの地に三十三間堂を建て、通し矢が行われた。その守護神として稲荷大明神を勧請したが、その場所が通し矢の的の先に当たることから矢先神社と名付けられた。
  矢先稲荷神社②
 昭和37年に建てられた鳥居に掛かる扁額は陶製である。縁には通し矢に因み矢羽根模様が描かれている。大変美しい扁額である。陶製の扁額は佃島の住吉神社に次いで2例目の報告となる。元禄の大火で三十三間堂は焼失し、2014517日号で報告した江東区富岡へ移転したが、この神社は産土神として当地で再建された。
  矢先稲荷神社③
 自然石をくり抜き、溶岩をあしらった手水鉢は昭和28年に地元のラジオ体操会が奉納したものである。
  矢先稲荷神社④
 拝殿の格天井には「日本馬乗史」を描いた100枚の絵がある。
  矢先稲荷神社⑤
 拝見させていただいた。一人の画家が5年がかりで描き、奉納したものである。
  矢先稲荷神社⑥
 この軍配を振う武将は武田信玄か、とすると、右は上杉謙信だろうか。うーむ。路傍学会の興味は尽きない。
  矢先稲荷神社⑦
 参拝を終えて振り返るとスカイツリーがすくっと建っていた。
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神社のLandscape 140

中央区日本橋堀留町 出世稲荷神社
   出世稲荷神社①
 中央区日本橋堀留町一丁目の路傍である。年季の入った商家の隅に出世稲荷神社の幟がはためいている。手元の地図には表示のない神社である。
  出世稲荷神社②
  狭い道に入っていくとマンションの駐輪場の入口横に社号標と幟がある。ここが入口だろうか。
  出世稲荷神社③
 並んでいる自転車の横を進んでいくと、脱水機を乗せた洗濯機の奥に石鳥居が見えてきた。
  出世稲荷神社④
 「は組」の手水鉢である。屋根はネットフェンスに取り付けられている。石灯篭の左手の植物の後ろに木柱がある。
  出世稲荷神社⑤
 木遣り塚である。中ほどに棕櫚縄が結んである。木遣節を後世に伝えるために建てられたものである。
  出世稲荷神社⑥
 社殿である。関東大震災後に近くの椙森神社の拝殿の廃材を利用して建てられたものという。
  日本橋堀留町①
 近くの居酒屋である。入口の上には「のりば」の表示。店の名前や造りから見てかなり「鉄分」の濃い店のようである。
  日本橋堀留町②
 「準備中」も「整備点検中」となる。一度運転時間中に訪れてみたい。
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  2. 神社
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神社のLandscape 139

草加市金明町 旭氷川神社
   旭氷川神社①
 草加市金明町の路傍、旭氷川神社である。鳥居の右手に湯殿山、月山、羽黒山三所大権現などと並んで青面金剛が祀られている。
  旭氷川神社②
 古い石造物がどんどん失われている中で、御影石の新しい基礎を設けて、きちんと据え直されているのは嬉しい。
   旭氷川神社③
 六臂の合掌像である。綺麗な明和年間の像である。
  旭氷川神社④
 この邪鬼のポーズは何だ。よくわからない。
  旭氷川神社⑤
 こちらはショケラ持ちの六臂の剣人像である。この邪鬼は主尊の足の間から顔を出しているのだろうか。享保年間の作。両像とも邪鬼がユニークである。
  旭氷川神社⑥
 扁額である。縁には龍が巡っている。鳥居に掛けてあるのは藁で作られた龍であろう。2015523日号で報告した足立区の高野胡録神社の鳥居にも藁で作られた龍が纏わり付いていた。
  旭氷川神社⑦
 境内には力石も納められていた。地元の有志の方からの寄付によるものと説明があった。
  旭氷川神社⑧
 神社の隣の水田ではクワイが栽培されていた。埼玉県は広島県に次ぐ全国第2位のクワイの生産量を誇っているという。
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