Landscapes by the roadside

路傍学会


塚のLandscape 49

葛飾区柴又 柴又八幡神社
   柴又八幡神社①
 葛飾区柴又三丁目の路傍、柴又八幡神社である。
  柴又八幡神社②
 社殿の裏に半球状の磨かれた石が見える。
  柴又八幡神社③
 島俣塚である。この神社は古墳の上に鎮座している。古墳は全長30m程の前方後円墳であるというが、墳丘はわからない。
  柴又八幡神社④
 社殿改築の際に出土した遺骨や遺品を納めた塚である。平成14年の調査では古墳周りの溝から柴又を舞台にした映画の主人公によく似た埴輪が出土し話題になった。社殿の下には石室が復元保存されているが通常は非公開である。東京低地で石室を伴う古墳はここだけであるという。
  柴又八幡神社⑤
 明治百年記念の国旗掲揚塔である。後ろに見える社号標は紀元2600年記念で建てられたもの。随分長い間人々の信仰を集めてきた神社なのである。
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塚のLandscape 48

文京区浅草 浅草富士浅間神社
 岩波文庫の「江戸東京実見画録」を読んでいたら、「冨士の山開には、駒込、浅草、深川其他の冨士に於て、篠又は杉の小枝へ藁製の蛇を取付、厄払いなりと云って是を売るなり。」とあった。さらに読み進むと「江戸の三富士と云われたのは、駒込本富士町、浅草砂利場裏、それと深川八幡社境内のもの」とある。駒込、深川はわかるが、「浅草砂利場裏」ってどこだ? 江戸名所図会を丹念に調べてみた。
   浅草富士浅間神社①
 江戸名所図会の金龍山浅草寺の「其の五」(部分)である。この上辺の右に小山が描かれ「冨士」の文字が見える。ここだろうか。
  浅草富士浅間神社②
 次は、浅草寺の北方を示す江戸切絵図である。画面の右手は吉原である。画面中央に「不二権現」とある。ここであろう。
  浅草富士浅間神社③
 訪ねてみた。台東区浅草五丁目の路傍、2m程の擁壁の上に浅草富士浅間神社が見える。浅草寺の裏手、「浅草観音堂裏」の信号をまっすぐ北に進んだところである。この通りは「富士通り」という。
  浅草富士浅間神社④
 神社の手前にある公園は「富士公園」である。
  浅草富士浅間神社⑤
 神社前の小学校も「富士小学校」である。この学校の生徒は「富士っ子」と呼ばれている。江戸の三富士と言われただけあり、ここの富士は地域のアイデンティティーとしてしっかり根付いている。
  浅草富士浅間神社⑥
 昨年6月、この境内に富士塚が築かれた。表面は溶岩で覆われ、高さは1.5mほど。合目石も置かれている。
  浅草富士浅間神社⑦_
 山腹には子授け石なるものがはめ込まれている。
  浅草富士浅間神社⑧
 山頂である。浅草警察署の建物に遮られているが、石祠の参拝方向の先に富士山があるという。江戸三富士の復活である。
  浅草富士浅間神社⑨
 神社近くの文具店名にも「富士」が付いていた。
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塚のLandscape 47

文京区白山 白山神社白山神社①
 文京区白山五丁目の路傍、白山神社の鳥居前である。沿道には紫陽花祭の緑色の提灯が並んでいる。白山神社は昨年824日号で国旗掲揚塔を報告したが、今回白山神社を訪れたのは紫陽花祭の期間中のみ公開される富士塚を参拝するためである。
白山神社②
 境内で行われていたジャズコンサートを楽しんだ後、本殿の裏手にある富士塚に向かった。樹木で見にくいが、緑の提灯の先、画面中央の奥が富士塚である。手前に並んでいるのは、塚に登ろうと順番を待つ善男善女である。
白山神社③
 路傍学会も列に加わった。
白山神社④
 ようやく登山口に近づいてきた。
白山神社⑤
 柵に取り付けられている看板である。近隣のプライバシー保護のために公開が制限されているのだ。
白山神社⑥
 公開も紫陽花の鑑賞が目的である。
白山神社⑦
 ほとんどの人が紫陽花の写真を撮りながら塚を登っている。
白山神社⑧
 塚上にある祠である。野菜や果物が供えられている。
白山神社⑨
 富士塚には618日まで登ることができる。
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塚のLandscape 46

武蔵野市境南町 杵築大社杵築大社①
 武蔵野市境南町二丁目の路傍、杵築大社である。
杵築大社②
 静謐な空気が流れている境内には、市指定天然記念物の千本公孫樹が聳えている。
杵築大社③
 かつては境内には三つの池があり、富士五湖になぞらえて山口湖、河口湖、西湖と呼ばれていたという。上の写真は唯一現存している河口湖である。左手の橋を渡り富士塚を登る。
杵築大社④
 石段を登ってたどり着く頂上の祠の中には富士仙元大菩薩の石祠が祀られている。
杵築大社⑤
 塚の裏側である。いくつもの石が積み上げられ、大きな塚を支えている。
杵築大社⑥
 塚の下に置かれている石である。何やら意味ありげである。
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塚のLandscape 45

練馬区石神井 一里塚跡石神井7丁目①
 練馬区石神井七丁目、富士街道の路傍である。地元消防団の分団が使っている建物脇に青面金剛が見える。
石神井7丁目②
 咲き始めた紫陽花、御神燈の奥に六臂像が祀られている。
石神井7丁目③ 
 彫りの深い合掌像である。延享年間の作。
石神井7丁目④
 三猿である。不見、不言が内側を向く。不聞猿が押さえているのは片耳だけか。
石神井7丁目⑤
 いつ建てられたのか不明であるが、青面金剛の隣には一里塚改築記念碑がある。ここは一里塚の跡で、そこに祀られている青面金剛のようである。
石神井7丁目⑥
 富士塚のように溶岩が積み上げられ、小塚となっている。玉垣には大正の年号が見えた。
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